第5話 レベルアップしました?

「ありがとうございました~」


 店員さんに優しく見送られ、なんとも居ずらい空間から抜け出せた俺。女性用下着の売り場なんて元男の俺には敷居が高すぎだ。


「これでひとまず安心だね」


 そう言いながら妹が横から俺の胸に手を伸ばし、ふにゃっともんだ。


「ひゃ、ちょ、急に触んな。つうか、もむな!」


「いいじゃん、女同士減るもんじゃなし。そもそも、その胸のサイズでずっとノーブラで過ごしてたお姉ちゃんに言われたくないんですけど?」


「うう、そ、それはそうだけど……」


 くぅ、別に過ごしてないし、なんなら昨晩まで真っ平らだったけど!


 セクハラ妹に反論できなくてつらい。いや、でもそれとこれとは話は別だろ。ちなみに買った奴はそのまま装備済。男物とは違う付け心地というか肌触りはなんとも言えない感覚である。


「Cの65、C65だよ、お姉ちゃん。胸大きいのに、腰回りは私より細いって……、なんかすっごく負けた気分なんですけど?」


 買っておいてなんだけど、そんな数字言われてもイマイチ俺にはピンとこない。Cって普通くらいなんか?


「いや、まぁ、ゴメン?」


「うう、謝られると余計くやしい……」


「ええぇ……」


 じゃ、どうしろってんだよ?

 ま、いいけど。


「こ、コホン。じゃ、次いこ!」


「はいはい、よろしく」



 これを皮切りに次々買い物に連れまわされた。せめてもの慰みは大型ショッピングモールってことで、街中を歩き回る羽目にはなってないというところか。

 とは言え、服買うだけで一体幾つの店回っただろ? 俺なら一つの店で全て済ませて終わりなのに。もう、めちゃ疲れるわ、これ。引きこもり系社会人には辛すぎ。


 それに男の時には感じることのなかった自分に向けられる視線。


 それがなんとも居心地悪いっていうか、気持ち悪いって言うか。ぶっちゃけ男どもの視線がウザい。女性からの視線とは違う、下心満載の視線。まぁ俺も元男だし、可愛い女の子が並んで歩いてたら絶対そっちに目を向けるだろうけど。


 あからさまにわかるのな。そういう視線って。


「お姉ちゃん、かわいいしその髪なんてすっごく目立つからね。仕方ないよ」


 俺の嫌そうな表情に気付いた妹がそんなことを言ってくる。いや、お前だって一緒に見られてるんだが?


「ええぇ、でも無理。なんかキモいし怖い。もう帰りたい……」


 つい弱音を吐いてしまう俺。元男のくせに情けないが、嫌なものは仕方ない。


「だーめ、まだ買い物終わってないし。でも気持ちもわかるし……、じゃあ帽子でも買って髪の毛目立たないようにしよう! ね、そうしよう。可愛いの買おう! レッツゴー!」


 やだこの高二女子。元気すぎる。


 俺は有無を言わさずって感じで手を取られ、引き回され、買い物ツアーはまだ続くのだった。



***



「はぁ、もういや、疲れた!」


「お疲れ、お姉ちゃん。でもこれで一通り必要なものは買ったし、お姉ちゃんの女子力も改善されること間違いなしだね」


 妹と向かい合ってパンケーキを食べながら愚痴をこぼす俺。ただいま絶賛休憩中である。


「女子力って……、ぉりぇ私、そんなの要らないし。どうせまたマンションでこもる日々が続くだけだし」


 ん、旨いなこのパンケーキ。 妹が注文したときにはそんな甘い物食えるかって思ったけど、食べてみればなかなかいけた。四段積みで間に生クリームやらフルーツやらいっぱい挟まっててちょっとパフェっぽくもあり、食べにくいのが難点だけど、ガッツリ食ってしまった。まぁ妹の忠告もあり、二人で一皿を攻略してるのだが。

 一緒に俺が注文したコーヒーは苦くてとてもブラックでなんて飲めず、かといって飲まないわけにもいかず、シロップとミルクどぽどぽ入れて誤魔化した。


 妹にお子ちゃま舌って笑われた。くっそ。


「お姉ちゃん、口周り凄いことになってる」


 そう言いながら俺の口周りをナフキンでぬぐってくれようとする。なんだろ、俺って二十三のはずなのに、これでは俺のが子供みたいではないか。


「いい、自分でやる」


「はいはい。……それにしてもほんとに困ったお姉ちゃん。そんなにも可愛いのに自分磨きとかも全然しないでさ。いきなり無理は言わないけど、最低限のことはしてよね。帰ったら買ったコスメのレクチャーしてあげる。お姉ちゃん、さっきもお店の美容部員の人が色々してくたのに全然覚える気なかったでしょ? 感じ悪いよ、あれ。気を付けてよね」


 ああ、妹が母さんみたいになってる。やっぱ親子だな。


「ま、善処します……」


「ふ~ん、善処ねぇ。……うそっぽい」


 いいんだよ。

 ほっといて!



***



 街で大変な目に遭いながらも無事マンションに帰ってきた俺たち。


 中途半端な時間に間食した俺たちは、面倒だし晩ご飯は宅配サービスで済ました。妹に空いてる一部屋を使わせ、俺はそそくさと自分の城、趣味部屋へと逃げ込んだ。 


 今日、買い物に行ったからディズキュー行きは無かと期待したけど、そうはいかず、明日はディズキューランドに一緒に行くって張り切っておいでだから、明日もゆっくりできそうにない。


 俺もう死にそう。精神的に。


 妹には先に風呂に入るようにも言っておいたのでしばらくは静かだ。

 ちょっとだけ仕事したら、趣味の世界に浸ろう。そうしよう。


 そんなこと考えてたらPCのメールに着信が入った。それも捨てじゃないメアドにだ。


「なんだろ? あやしいな」


 メールソフトを立ち上げて件名と差出人をまず確認する。


【Congratulations! 改変に適合しました】


「えっ! これって……」


 件名を見て驚いた。で、差出人、差出人は誰? どこのどいつだ?


〚♯ξ♮ζ♭∞ж〛

 

 ちっ、文字化けしてる。

 あやしい。どうみても怪しい。けど……、見ない選択肢なんてない。


 俺は緊張で震えてくる手でマウスを操作し、そのメールを開いた。


 目に入ったのはどこかのサイトへのURL。

 その一行があるのみだった。


 あやしい。ほんとに怪しすぎる。けどここまで来たらクリック一択だ。


 リンクの付けられたURLをクリックすればあっさりとブラウザが立ち上がり、若干待ったのちにサイトが表示された。


「なんだこれ?」


 また昨晩のイラスト投稿サイトが表示されるかも? と思い、気構えていた俺は肩透かしを食らった気分だ。


 画面に映ってるのはわずか数行の文字の羅列のみ。イラストも何もない真っ黒な背景。そこに白抜きの文字だけがくっきりと浮かび上がってる。



◇川瀬佑士 かわせゆうじ

◇年齢 二十三歳

◇性別 男 ⇒ 女 altered

◇ALT_LEVEL 〇〇〇〇●


「な、なんだこれ? 俺の名前に年齢、性別……、それにALT_LEVEL ? ああ、オルターレベルってこと? どういう意味だ?」


 個人情報がどうのっていうのは今更すぎだろうけど……。ん? また何か浮かび上がってきた。



 ※_改変後の姿を百人が認識しました。

 ※_改変の姿が不変的に固定されます。

 ※_改変オルターレベルの更新条件がクリアされました。

 ※_改変レベルを更新します。



 次々文字列が表示されてくる。っていうか内容がやばい。意味不明……ってこともないけど、ゲームでもあるまいしこんなことアリなのか?


 ◇ALT_LEVEL 〇〇〇●● 


 うおっ、『●』が二つになった。


 ※_LV2ポイントにおける改変に至る条件は適合アダプテッドした者が一定時間を注視することにより発動します。意識レベルの改変、すなわち対象生物の記憶改変についてはLV1に準じます。


※_LV2特典として適合者の名前の最適化を行います。


◇川瀬佑士 かわせゆうじ ⇒ 川瀬佑奈 かわせゆうな


※_これは世界ワールドにおける適合者の関係要素全てに対し適応されます。


「え?」


 なんだこれ、なんだこれ、なんだこれ?



〚引き続き当サイトをご贔屓ひいきたまわりますよう、よろしくお願いします〛



 その言葉が表示されたかと思ったその後……。


「あっ!」



 またPC、落ちた。


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