第55話 規則正しい人たち
「話は終わったかい、レオ」
奥から現れたサンドラの姿を認めると、レオンハルトは思い出したかのように自分の髪を撫でつけた。
「ああ、サンドラ……お騒がせしたね。もうお暇するよ」
「まあ待ちな、ちょいとこれだけ見ておいき。シャル坊!」
言うと、サンドラは手に持っていたものをシャルロッテに向けて差し出した。
それは、先ほどシャルロッテの手からサンドラへと渡された、彼女の制服だった。サンドラは自室でその学年標章を直してくれていたのである。
「え、おばちゃん、もうできたの?」
「なあに、これくらいすぐさ、そら、広げてごらん」
「う、うん……」
シャルロッテは制服を受け取ると、言われるままにその両肩のあたりを持って、そっと目の前に掲げた。そうしてその胸元が、居合わせた全員にも明らかになった。
確かに、彼女の胸に施されていた乱暴な刺繍糸は取り除かれている。
しかし、サンドラが行った仕事はそれだけではなかった。
「あっ……」
シャルロッテの目に飛び込んできたのは、元の黄色い標章の上に新たに刺繍された、煌めくような赤色の刺繍――それも、花をかたどった刺繍である。
アイラとレオンハルトは目を見張ったが、シャルロッテは蕾が綻んだように瞳を輝かせて声を上げた。
「これって、フリージアの!」
アイラはその言葉を聞いて、はたと刺繍された図案に思い当たった。それはアイラが入寮初日に夕明かりの中で見上げた、フリージアの表に掲げられた彫り物と同じものだったのだ。
「ぱっとこれしか思いつかなくてね。でも、悪かあないだろ?」
サンドラは得意そうにしながら、アイラに目配せした。はっとして、アイラはポケットのメモを再び取り出しながらレオンハルトに近寄る。
「あ、あの、レオさん、一応調べたところ規則的には……」
「ん? ああ、大丈夫だよ、ちょっとびっくりはしたがね」
アイラの予想に反して、レオンハルトは少しも疑問を持っていないようだった。
確かにサンドラの刺繍は、アイラが言わんとしたように規則の範囲内である。つまり、元の学年色である黄色の糸が、赤く刺繍された花弁の合間にちょうど四分の一ほど透けるようにして残されているのだ。
もちろん、目の前でその刺繍を見れば誰の目にもそれと知れるはずだ。
しかし、レオンハルトはつぶさに観察することなく、サンドラの仕事というだけで、それはすでに為されたものとして受け入れていた。
彼は軽い笑みでアイラを安心させてから、やれやれという目をサンドラに返す。
サンドラもまた、目だけでその返事をするようだった。彼女は代わりに、いつのまにか両手で支えるようにしてまじまじと刺繍を見つめているシャルロッテに声をかけた。
「どうだい。これで、明日からもちゃんと行けるかい?」
シャルロッテはゆっくりと制服から顔を上げると、これ以上に無い、満面の笑みで答えるのだった。
「……うん。見せびらかして行く!」
「よおし、よく言った!」
二人がいつものようにガハハと歯を見せて笑うのを見届けて、レオンハルトは静かに踵を返した。そうして扉の外へ出たところへ、今度はアイラが追いかけてくる。
振り返った彼を前にアイラは、あのあの、えっとえっと、と体をそわそわさせながら、最後にはぎゅっと握り込んだ手を真っすぐに降ろして立った。
「あの! レオさん、今日はいろいろありましたけど、明日からの講義、よろしくお願いします!」
アイラは長身の体を腰から二つに折り曲げて、深々と頭を下げる。
レオンハルトはにこやかに「ああ、こちらこそ」と答えたが、直後にアイラの後ろで扉が開いて、今度はシャルロッテが飛び出して来た。
「先生え! あたし先生にありがとうって言ったっけ!?」
制服を手に握ったなり転がり出てきたその姿と彼女が発した言葉に、レオンハルトは少し噴き出した。
「今聞いたよ、どういたしまして。フフフ……」
「ちょっとお、真面目に言ってるんだって! アイラまで……」
鼻息を荒げるシャルロッテに、頭を上げていたアイラもつられて笑ってしまう。
そうして、シャルロッテはふくれた顔をしてから、少し言いにくそうにしながら、こんなことを言った。
「……先生、また来てよね」
聞いている二人は、笑いを収めてシャルロッテの顔を見た。
「あたし、これからちゃんと通うけど……念のためさ、念のため様子見に来たほうがいいよ。その、アイラもいるし……」
「シャルロッテくん――」
レオンハルトの優しい声色に、シャルロッテはいつの間にかもじもじと下がっていった
「申し訳ないが、一教育者が特定の教え子のもとをさしたる理由なく訪ねることは、倫理的観点から好ましくないこととされているんだ」
その答えにシャルロッテの顔は曇りこそしなかったが、「そうですよね……」と諦めを強く目元に滲ませた。アイラも眉根を下げ、自然とそれに同調する。
「だが一方で」
と、レオンハルトの声は続いた。
「レブストルの各寮には、品質確認のために教授の求めに応じて都度食事を提供するという規則がある。先生方の多くは定期的に第一学寮を訪ねる傾向にあるが――」
そうして最後の言葉に、アイラとシャルロッテはいつものように互いを見合わせ、ぱあっと明るい顔を上げるのだった。
「――私は
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