第46話 サルでもわかる裏テク事務魔法大全
時は少し遡り――カヌレを喫していたアイラとシャルロッテを前に、ジィン・メイデン司書補は次のように語った。
「説明しよう! 『サルでもわかる裏テク事務魔法大全』とは、昨年上梓されたばかりの事務魔法に特化した実用魔法書であーる! 元はといえばさる高等事務官の趣味が高じたものでね、公開されている事務魔法を公務の合間に好き勝手にいじくりまわした結果発見された内容がまとめられているんだ。魔法陣の簡略化や呪いの低減法、相性のいい魔法具の紹介みたいな極めて実用的な内容がほとんどな一方で、章の合間には偶然見つけてしまった事務魔法の抜け穴なんかも面白おかしく紹介されていて、その軽妙な文体が業界人たちばかりか私みたいな本の虫にも好評を博し、今では『サルテク』の愛称で親しまれている本なんだ。おすすめだよ!」
シャルロッテが提示した『サルテク』を前に、ヴァレー事務員は眉をひそめた。
「やだわあ、低俗そうな本持ち出して……それがなんだっていうのよ」
すると今度はシャルロッテが大げさに目を見開いて、芝居がかった口調で言った。
「低俗だなんてとんでもない! ヴァレーさん、あなたの名前も載ってるのに!」
「……なんですってえ?」
ヴァレー事務員はさらに眉間に深いしわを刻んで、シャルロッテの顔と本の表紙を交互に睨んだ。そこへ彼女の後ろから声をかけた者があった。
「ヴァレーくん、それは私が許可したんだ……」
「事務長!?」
そう言って困った顔で後ろから出てきたのは、小太りでひげを生やした人の好さそうな中年男性だった。振り返ったヴァレーの顔にびくりとしながらも、彼は続けて経緯を語った。
「二年前だったか、高官からヴァレーくんの魔法を本で紹介したいと私に打診があってな……名誉なことだからと二つ返事してしまった。君には、本が出来上がってから喜んでもらおうと思って黙っていたんだが……その、内容がな……」
事務長という男性の言葉に、ヴァレーは頬を引きつらせながら「へえ~」と答えると、再びアイラ達に向き直り、シャルロッテの手にしていた本を奪うように引き寄せた。目の端を切れ上がらせ、彼女は自分の名を探そうとして血まなこでページを繰る。
先ほどアイラとシャルロッテが語った調査の経緯には、一つだけ嘘があった。それがこの『サルテク』の存在である。二人はメイデンが持ち出した『サルテク』を読み込んでいく中で、高等事務魔法〈
「あ、135
「早く言いなさあい……!」
アイラの付け足しにイライラしながら答えると、ヴァレー事務員はようやく問題の頁に辿り着いた。
さて、その『サルテク』135頁に曰く――、
* * *
うっかりコラム3
読者諸賢は透膜保護を知っているだろうか? 学院の門徒であったキャサリン・ヴァレー女史が卒業制作として発表したもので、公開されて間もないが実に有益な魔法として利用が進んでいる。現在は高等事務魔法に分類されているから、自ら扱ったという者は少数かもしれない。しかしその恩恵にあずかる者は年々増えていることだろう。とにかく魔法と事務は相性が悪い。狭い執務室の中で、日ごろ我々は重要な書類の横でインクを扱い、濃いお茶を嗜み――まあなんらかの飛沫におびえながら過ごさざるを得ないわけだが、その環境の中にあって透膜保護は実に良い働きをしてくれている。
ある時、私は不要になった書類の透膜保護解呪を担当することになった。当然解呪も高等魔法であるからそれなりの手順を踏まねばならないのだが、いかんせん書類の量が多かったのでなんとか楽ができないものかと頭をひねっていたところ、頭をひねりすぎてついうっかり燭台を書類の山の上に倒してしまったのである。しかしさすがは高等魔法だ、蝋燭の火をかぶるぐらいではびくともしない。私は火事にならなかったことに安心すると、安心の余りまたうっかりして茶をこぼしてしまった。何度も言うがうっかりである。
でも大丈夫、透膜保護ならね――と、書きたかったのだが……。
通常、透膜保護のかかった書類は引き裂きや突き破りといった破損を防ぐとともに、液体の滲み込みを防ぐという大きな機能がある。この場合、私のこぼした茶はすべて撥水されて床を汚すはずだったのだが、どうしたことか先ほどの書類の一部に滲んでしまった。そしてその部位とは、先ほど燭台を倒した際に火に触れたであろう部位である。はて、いったいどうしたことであろう? 私にはまるで見当もつかない。腐ってもこれは高等事務魔法なのだから、恐らくは、魔法をかけた者に不備があったのだろう。ともあれ、さすがにわざわざ書類を火にかける粗忽者はいないだろうから、何も問題はないともいえる。読者諸賢においては、まさか真似することもあるまいね。
* * *
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます