第42話 閃きに必要なもの

「だめだ、ぜんぜんわからん!」


 最初に音を上げたのはシャルロッテだった。二人は「答えが無い」という答えに辿り着いたのである。


「これだッ、って思ってもさあ、読んでくと微妙に今の状態と違うんだよな」


 シャルロッテは現代最新版十六分冊のうちの一冊を読んでいたが、また当たりが外れたようである。さすがにすべてに目を通したわけではないが、それでも関係がありそうな魔法の項を求めて三、四冊を何度も開いては閉じ、開いては閉じ、と――読書慣れしていないシャルロッテにしてはまさに粉骨砕身の働きだったと言ってよい。


 もちろん索引から調べるのとは別に、特に関係の強そうな『防御・守護』の巻は一通り読んでみたし、『操作・制御』の巻の『保存』の章や『固定』の章など、それらしい単語が目につけば、シャルロッテは目を皿にして読み込んだ。


 しかしそのどれもが、微妙なところでシャルロッテの制服の現状と一致しないのである。


「うーん、いくつかこれに近い魔法は見つけられた気がするんだけど……なんか違うみたい」


 アイラもまた、旧版二十四分冊を脇にいくらか積み上げながら同じような状態になっていた。彼女の場合は同時に数冊を参照しながら、検索と同時に内容の比較まで行っているらしかった。


 しかしシャルロッテと同様、確証を得る記述には至っていない。


「なあアイラ、これだけ見てもわかんないんだから、とりあえずいくつか解呪魔法を試してみないか?」


「それもそうだね……」


 二人は効果の説明が現状と比較的近い魔法についていくつかメモを取ると、すべての分冊を一度書架に納め、メイデンがいる中央のカウンターへ戻った。


 メイデンは二人に気が付くと、読んでいた本から顔を上げて声をかけた。


「やあ、あれからは静かに楽しんでいたようだね」


 これに対しアイラが本当に嬉しそうに頷いていたので、シャルロッテはちょっと引いたが、喜んでできるぐらいでないとあの作業は務まらないなと思い直して、胸に納めておいた。


「問題の見当はついたのかな?」


「それが……」


 二人はこれまでの調査結果について、簡単にメイデンに説明した。頷きながら聞いていたメイデンは、アイラ達がきちんと調べものをしていたことに満足した様子でにんまりと口角を上げていった。


「うん、君たちの調べ方は間違っていないよ。自信を持つといい。だけど、そうだなあ……」


 メイデンは顎に右手を充てた姿勢で少しだけ考えたあと、そのまま三つの指を立ててこう言った。


「私から君たちに伝えるべきことが三つある。聞いておくかい?」


 二人は一度目を見合わせてから、黙ってこれに頷いた。メイデンはまず指を一本だけ立てて続けた。


「一つ目は、図書館職員としてだ。君たちから向かって左手に解呪魔法の書架があることは説明したけど、一人が一度に借りられるのは三冊までだからね、慎重に選ぶといい」


 アイラとシャルロッテは同時に左の通路を眺めた。右へ進んだときと同様、多くの書架が立ち並ぶ中へ踏み入るには、最初はメイデンの案内が必要そうだった。


 メイデンはさらに指を一本加えた。


「二つ目は、学院の先輩として……入口の脇に階段があるだろう?」


 言われて二人は、自分たちが入ってきた入り口の方を振り返った。外の光が逆光になっていて一見わかりにくいが、確かによく見ると、壁の中にもより暗がりへと続いている一角が見える。階段と言うのはそこのことだろう。


「あそこを上ると時計塔に繋がってるんだけど、実は中の部屋が特殊な造りになっていてね、魔法の練習にぴったりなんだ。あとでそこを使わせてあげよう」


「いいんですか、そんなの教えて」


 シャルロッテが尋ねると、メイデンは細い目が少し見開くぐらい、眉を持ち上げた。


「いいわけないだろう? でも私は君たちが気に入った。私もそうやって、先輩から教えてもらったからね。他の門徒には秘密だぞ」


 そう言うとメイデンはまた指を一本に戻して、自分の唇の前に持って行った。これを受けて、シャルロッテもやっとメイデンの前で表情を崩した。


「さて、最後の三つ目は真面目な話だ。これが一番大事なことなんだけど――」


 前置きしながらメイデンが三本の指を立てると、アイラとシャルロッテは生唾を飲み込んで言葉を待った。メイデンは前後左右に誰もいないことを確認してから、続きを語った。


「三つ目はね――お節介なお姉さんとしてだ。二人ともまだ、何も食べてないだろう?」


 指摘されると同時に、二人の腹の虫が勢い良く鳴り始めた。集中しすぎて気になっていなかったが、互いの音を耳にするや否や、大きな空腹感迫ってくる。


 二人が顔を見合わせたのを見て、メイデンは小さく笑って席を立ち、手で二人を招いた。


「ちょっと奥までおいで。往々にして、ひらめきには甘味が必要だからね」

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