第3章 門下の女傑ども

第28話 その胸に抱いた色は

 フリージアを出たアイラたちは、学院へ続く通りを並んで歩いていた。


 アイラは、自分と同じ新入生がどれほどいるものか気になって、周囲にも同じ制服の姿を認めようとした。確かに学院へ近づくにつれて、ちらほらと門徒らしき影が視界に入るようになってきた。寮のない方角、大通りの反対側から歩いてきたのは、もしかすると王都出身の自宅通学者かもしれなかった。


 第三学寮や第二学寮の付近にくると、門徒の数はぐっと増えた。同じ方向に向かって歩いているのは、およそ同じ制服の門徒ばかりである。


 みんな同じ新入生かな? とアイラは思ったが、本来引っ込み思案のアイラにはそれを直接確かめる術はない。そわそわと周りを見回すことに、しばしアイラは集中した。


「あ、そういえば――」


 ここでふとアイラは思いついて、隣のシャルロッテを見た。


 寮を出る前は、二人で同じ制服を着られることが嬉しくて、細かいところまで意識が回っていなかった。しかしよくよく見れば、シャルロッテの制服の胸ポケットに施された刺繍の色が、アイラのものと違ったのである。


「シャル、この胸の色って、なんの印なの?」


 すると、シャルロッテも「ああ」と今思い出したように答えた。


「これはねー、学年の印。アイラたち、今年の新入生は赤でしょ、そんで一つ上のあたしが黄色。あとは順番に、灰色、紫、緑……だったかな? もう忘れちゃったよ。ハハハ!」


 シャルロッテはそういって笑ったが、アイラには最後の笑いがむしろ、彼女の緊張を隠すために付け加えられたように感じられた。


「ふうん、そうなんだ」


 相槌を打ちながら、アイラは「シャルも緊張するんだなあ」と考えた。


 ――って、そりゃそうだよね、久しぶりなんだし。


 この時はまだ、アイラもそれくらいにしか考えていなかった。それもそのはず、彼女はこの時点でシャルロッテの休学の背景をつかみかねていたのだから、無理からぬことである。


 レブストルの石門が見えるころには、辺りの制服姿はかなりの数に上っていた。先日、アイラがレオンハルトと共にまたいだあの門を、皆がすいすいと通り過ぎていく。


 その姿を見ているうちにアイラは、先ほどシャルロッテが教えてくれた学年の色が、制服の後ろの裾にも縫い込まれているのに気が付いた。そこに注意して周りを見れば、多くが赤色、アイラと同じ新入生だ。それがわかって、ようやくアイラはほっとした。


 二人が石門をくぐると、目の前に続く通路の脇に、見慣れた人影が立っていた。


 白髪交じりの赤髪を後ろに撫でつけた、柔和な顔の紳士、レオンハルトその人である。


「あ、レオっ……マルケルス先生、おはようございます!」


 アイラは言いかけた呼び名を慌てて訂正した。恐らくそれらは織り込み済みだったのだろう、レオンハルトは驚く様子もなく軽い笑みで挨拶を返すと、シャルロッテにも声をかける。


「シャルロッテくんも、おはよう。準備はできているかい?」


 シャルロッテはすぐには返事をせず、周りの目を避けるように、自分の体を通路の外へとやってから、少し緊張した面持ちで答えた。


「はい、一応」


 何のことかときょろきょろしているアイラに、シャルロッテが説明を加える。


「復学の手続き、サボってたからいろいろあるんだよ。あたしは今から管理棟だから、アイラと会えるのは儀式のあとだな」


「えっ、じゃあシャルとは一緒じゃないの?」


「そりゃそうだろ、あたし留年生なんだから! どの面下げて……」


 と言いかけたところで、シャルロッテは言葉を飲んだ。アイラの背後に何かを見て、それから目を背けるような仕草をしたので、アイラは気になって自分の後ろを振り返る。しかし、そこには門徒たちが奥へ進んでいく姿があるだけで、特段変わった様子はない。


「シャル、どうしたの?」


「なんでもない……じゃあアイラ、あとでね」


 アイラが向き直ったのも束の間、シャルロッテはそれ以上会話しようとせず、すっと門徒たちの動きに加わって、二人から離れて行った。


「大丈夫かな……」


 その姿を心配そうに見送るアイラの肩に、レオンハルトの声が降りかかる。


「まあ、久しぶりだからいろいろ思うところもあるんだろう。私も様子を気にしておくよ」


「はい……」


 アイラはシャルロッテの背が消えていった方を見つめながら、彼女のことを思った。


 やっぱり、なんか変だったよね、シャル。


 何か私に言えないようなこと、抱えてるのかな……。


 アイラは自分に何ができるのかはわからないながらも、シャルロッテの力になりたいという気持ちだけは確かに持っていた。


 もちろん、親しくなったからと言って他人のテリトリーに踏み込み過ぎてはいけないことはアイラも承知している。しかし、常から愉快な寮の先輩であり、すでに大事な友人でもあるシャルロッテの元気のない様子は、そう見過ごせるものではない。


 うん、儀式が終わったら、ちゃんと聞いてみよう。

 

 たとえ話してくれなくてもいい、とアイラは思った。それならそれでいいのだ。そもそも思い過ごしかもしれない。


 しかし、もしもシャルロッテが本当に困っていて、こんな自分でも頼ってくれるのなら。


 私は全霊を以てそれに応えるのだ。


 ――それが友のなすべきことだって、お父さんも言ってた。


 アイラは門徒らの人波を見つめる眼差しに、静かに決意を込めた。

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