第26話 大放蕩者シャルロッテ

 文具屋を出た二人は、大通りをそのまま南下した。


 アイラは肩掛けの上から、先ほど手に入れた品々の存在を触って確かめた。ただの文具ではあるが、これから始まる学院での生活に少し手が触れたように感じて、嬉しさが込み上げてくる。


 通りを一本奥へ入ったところに眼鏡屋があるとシャルロッテがいうので、アイラはまた来られるように場所だけ教えてもらうことにした。

 

 まだ眼鏡に不調はないが、なにぶん呪いが呪いなので、入学後すぐ世話になるかもしれない。


 眼鏡屋の前を通って少し行ったころ、アイラが不意に「あっ!」と声を上げた。


 一体何かとシャルロッテがその視線を追えば、その先の広場に据えられた共有水栓が見えた。


 「わあ……へえー……」


 声を漏らしながら物珍し気に水栓を眺めまわすアイラだったが、生活に必要なものとわかってはいるので、あれこれ触って確かめるようなことはしなかった。


 本当はめちゃくちゃ触ってみたかったが。


 これに、後ろからシャルロッテが声をかける。


「アイラはこういうのが好きなの?」


「ふへッ? あ、うん、えっと、そうかも、近くで見たことなかったから……」


 こういうのってどういうのだよと思いながら、アイラは何も否めずに答えた。


 田舎者丸出しの恥ずかしいところを見られたと思い、無意味に髪に手をやる。


 しかし、シャルロッテはそれに対して何か評価することもなかった。


「そっか。あとで寮の近くのも案内するよ! 水栓って形はだいたい一緒だけど、場所によってちょっと意匠が違うんだよ」


「……へえー!」


 あっけらかんとしたシャルロッテの態度に、アイラは表情を明るくした。


 自分の無知を笑われなかったこと、あまつさえ歩み寄ってくれたことに、アイラは胸を熱くする。

 

 そうだ。わかっていたはずだった。


 シャルロッテはそういう子だ。


 何も怖がることなどなかった。


 初めてできた友達が、シャルロッテでよかった、とアイラは笑みを深めた。


「……ありがと、シャル!」


「うん? どういたしまして! さあて次はねえ――」


 その後もシャルロッテの意気揚々とした帝都案内が続いた。


 アイラの目的地である注文書の店の数々を辿りながら、シャルロッテは道々で自分の行きつけをアイラに教えた。


 あるときは小洒落た喫茶店の店先で一杯の茶をあおり、またあるときは露店の駄菓子を頬張って一緒に口元を汚した。


 路地裏の怪しい南国風の雑貨屋を冷やかしたかと思えば、その足でアイラが入るのも躊躇うような高そうな服屋の敷居を堂々と跨いでいく。


 シャルロッテは物怖じせず高価なひらひらの服を物色したり、たくさん羽根のついた帽子をかぶったりして、アイラに「これどう?」と何度も尋ねた。


 どうもこうも、シャルロッテが着るとアイラにはどれも素敵に見えてしまい、並一通りの感想しか述べることができなかった。


 ともすると自分も試着させられそうな気配を感じたので、アイラは慌てて店を出た。田舎者の貧乏学生風情が立ち入る場所ではないことを、アイラは肌で感じ取ったのである。


 ところが、シャルロッテには一分もそんな様子はない。


 後に続いて店を出たシャルロッテは、ごめんごめん、と短く謝りながら、特にこだわる風も見せずにまた次へ次へと向かうのだった。


 そんなシャルロッテの背を追いながら、アイラは再び彼女の二つ名を思い出していた。


 〈放蕩〉――〈放蕩〉シャルロッテ。


 遊んでばかりいる、というレオンハルトの言葉。


 確かに、その名の通りシャルロッテは王都で遊び慣れているらしかった。


 実際、物を買うにせよ値段を気にしている様子もないし、もしかしたらお金持ちのお嬢さんなのかもしれない、とアイラは思い至った。


 そういえば第一学寮にいたと言っていたし、あんなピカピカの寮に入れるからには、シャルロッテはなにか特別な背景を持っているんじゃ――


 そこまで考えて、アイラは己がただならぬ愚を犯していることに、はたと気が付いた。


 ――いや、仮にシャルロッテがお金持ちだからといって、それがなんだというのだ。


 アイラはもう何も考えないようにした。


 アイラもシャルロッテも、経緯は何であれ、己の名を捨ててレブストルの門徒になったのだ。友達のことを、それも捨てたはずの名に連なるようなことを、いちいち詮索すべきではない。


 うっかり考えちゃったけど、思いとどまれてよかった、とアイラは思った。


 アイラにとってシャルロッテは、王都で初めてできた、元気いっぱいで自信満々の、大事な友達というだけで、もう十分だった。


 そうだよ、シャルはシャルだ。


 それ以上でも以下でもあるものか、と思い直して、アイラはシャルロッテの頼もしい背中を追った。

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