第19話 寂しいじゃないか

 アイラが一階に戻ると、そこではすでに何かが始まっていた。


「レオ、まだかい!? そんなちまちま剥いてたら朝になっちまうよ!」


「これでも頑張っているんだよ……朝にはならんよ……」


 食卓では、レオンハルトが先ほどの芋の皮をナイフで剥いているところだった。相変わらず不服そうな顔をしながらも、いたって真剣に手を動かしている。

 

 どうやらレオンハルトはサンドラには逆らえないらしかった。しかし、実際その手は遅い。

 

 当のサンドラは奥のかまどで鍋を火にかけながら、まな板で何か切っているらしい。その横ではシャルロッテがせっせと動いており、時折指示を受けては「あいよー」と慣れた様子で返事をしている。


「あのー、私は何をすれば……」


「アイラかい! あんたはねえ……」


 サンドラはアイラの方をちらりと見ると、手狭な炊事場を確認してから、にっこりと答えた。


「じゃあ食器でも並べてもらおうかね。シャル坊!」


「あいよー」


 シャルロッテの手はすでに食器棚に伸びており、手早く木の器のいくつかがその手に取られる。


「アイラ! これお願い」


「わ、わかった!」


 疾走感のある炊事場の雰囲気に気圧されながら、アイラは山盛りの器を受け取った。落とさないようによたよたとテーブルに向かい、慎重にこれを降ろす。


「どうだい、慌ただしい寮だろう?」


 レオンハルトは溜め息混じりにアイラに声をかけた。


「教授の私ですらこの扱いさ。誰もサンドラには敵わなくてね」


「レオさんって、サンドラさんとも知り合いなんですか?」


 アイラは手を止めないように器を並べながら、レオンハルトに尋ねる。レオンハルトは少し芋を剥く手を止めて、言葉を探すように言った。


「まあ、ヴィルほどではないが……そうだね、長い付き合いになる。この通り、人使いは荒いってものじゃないが――」


「そちらさん、手が止まってるよ!」


 サンドラの声は、まるでこちらが見えているかのように死角から飛んできた。


 レオンハルトはきまり悪そうにしながら、また一つため息を吐く。


「――悪い人ではないんだよ」


 そう言葉を継いで、彼は芋を剥きに戻った。


「はい、それは、なんとなく」


 アイラはレオンハルトがたじたじになっていることに苦笑したが、なんとなくレオンハルトがいうことも理解できた。彼が表面上は不服そうにしながらも素直に手を動かしているのは、彼が人一倍温和であるからだけではなさそうである。


 ふと、アイラは並べている食器が四組あることに気が付いて、少し手が止まった。


 レオンハルトもこれに気が付いたようで、少し考えたあと、炊事場に声を張る。


「サンドラ! 皿は三つでいいんじゃないかな? 僕はおいとまするよ!」


 すると、今度はサンドラが手を止めて、前掛けで手を拭きながらこちらへ出てきた。呆れたような、怒っているような顔をして、のしのしと歩いてくる。


「なんだいレオ、あんたとどこか飲みにでも行くのかい?」


「いや、そういうわけじゃないが……」


「だったら食べていきな。せっかく来たんだ。寂しいじゃないか」


 それだけ言うと、サンドラはぬっと手を伸ばして、レオンハルトが剥いた芋を器ごと持って行った。遠ざかる大きな後ろ姿を見送って、アイラは先ほどのを確信に変えた。


「レオさんが言うこと聞いちゃうの、ちょっとわかりました」


 ぽかんとしていたレオンハルトは、はっとして、気を取り直すように咳払いをしながら答える。


「ま、まあ、悪い人ではないんだよ、うん」


 アイラは、王都を案内してくれたレオンハルトがこうした弱みも見せてくれることがなにか嬉しくて、食器を並べるながらも笑顔がこぼれるのだった。

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