第18話 あたしも嬉しいよ

 玄関の軋みよりはやや控えめな音で扉が開くと、水拭きされた木のにおいがふっと鼻腔を刺激した。


 後から入ったシャルロッテが、そそくさと入り口のランプに火を移す。


 部屋が小さいので、灯りひとつで全体がよく見えた。


 部屋は長方形で、奥の窓に面してベッドが置かれている。その横に簡素な机と椅子があり、その足元にアイラの荷物は置かれていた。

 

 机側の壁には衣装掛けが二つと、机の前と入り口近くに照明掛けが一つ。


 あとは、何かに使えそうな大小の行李が壁際に寄せてあった。


「どうよ? ちょっと狭いけど、まあまあ暮らせるよ。あと何か必要なものがあったら言いな! 物置になければ、簡単なものはあたしが作るし」


 そう言って、シャルロッテは腰の工具ベルトをぽんぽんと軽く叩いた。なるほど、やはり彼女は工作や修理を担うつもりらしい。


 アイラは入り口から部屋を一望し、二三歩進んで部屋の中央に来ると、ぐるりと部屋中を見渡して、いい部屋だ、と素直に思った。


 シャルロッテは狭いと言ったが、部屋の大きさ自体はアイラの生家とそう変わりない。調度品は極めて素朴だが、きれいに整えられている。


「ただ、あたしが掃除したから、まだどこか汚れてるかも。一応ちゃんとしたつもりだけど……」


 振り返ると、シャルロッテはきょろきょろと部屋のあたりに目をやっていた。


「シャルが……私のために?」


「うん? そうだよ」


 これらが目の前のシャルロッテの手によって清められたのだと知ると、アイラが彼女を見る目にも、自然と熱がこもった。


「ありがとう。私、嬉しい」


「お? ん? そうか? へへへ!」


 シャルロッテはまんざらでもなさそうに、笑いながら鼻をこすった。そうして、少しこそばゆそうに、話を切り出した。


「さっき先生も言ってたけどさ――あたし、全然学院に顔出さなかったから、ここじゃ年の近い友達、いないんだ」

 

 そう言ってやや目を伏せたが、シャルロッテはすぐに顔を上げて続けた。


「だから、あんたが来てくれて、あたしも嬉しいよ、アイラ」


 改めて屈託のない笑顔を見せた彼女の瞳には、先ほど灯されたランプの炎が揺らめいて見える。


 シャルロッテの言葉はアイラの胸に素直に響き、アイラもこれに笑顔で頷いた。


 二人はそのまましばらく見つめ合った。


 まだ相手を深く知らないながらも、この短い邂逅かいこうの間に見られた互いの言葉や行動が、二人の瞳を柔らかいものにしていた。


 そして何よりその曇りなき目と目が、自然と彼女たちの胸に親愛の情を芽吹かせていたのである。


 しかしそうはいっても、二人はまだ出会ったばかりである。やがてアイラはもじもじと指をもてあそび、シャルロッテはそわそわと腰の工具に手をやりながら、二人ははにかみながら目を逸らした。


 そこへ階下からお呼びがかかる。


「シャル坊―――! まだかい!?」


 二人ではっとすると、シャルロッテはいけね、と工具ベルトを外しにかかった。


「おばちゃん、食事にはうるさいんだ。アイラも上着脱いだらおいで! あたしは先に行く」


 シャルロッテはまた早口になってまくしたてると、するりとアイラの部屋を出て、自分の部屋の戸を開けるや否や、腰にあった工具類を中へ放り投げた。それが着地して立てる音と、扉を閉める音が同時に聞こえ、次の瞬間にはどたどたと慌ただしく階段を駆け下りる音がアイラの耳に届く。


 風のような速さに少し目をぱちくりさせながら、アイラはもう一度部屋を見た。


 明日から私は、ここで一日を始めるんだ。


 そう思うと、彼女の胸はまた高鳴った。


 さらにもう、友達と思える人までできた。


 レブストルの門下生としてやっていけるかはわからないけれど、少なくとも王都での暮らしはなんとかなりそうだと思う。アイラはひとり頷いて上着を壁にかけると、静かに扉を閉めて、そそくさと階段を下った。

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