第9話 二つ名
「わあ……なんだか書類がいっぱいですね」
アイラはレオンハルトの手によってカウンターに並べられたさまざまな書類を見るともなく見ながら、そうつぶやいた。
管理棟には彼らの他に手続きに来た者はいないようだった。
「そうとも、まあ事前にヴィルと私で用意しておいたから、心配することはない」
木製のカウンターで応対した職員は少し緊張した面持ちで書類に目を通していたが、やがてひとつ息をつくと、
「確かに、受領いたします」
と言って書類をまとめ始めた。
「よかった……これで終わりですか?」
自分も緊張していたアイラは、こちらもふうと息を吐き出して、隣のレオンハルトを見上げた。
「いやいや、まだ名前を捨ててないだろう? ここからが本番だよ」
「そうでした……でも捨てるって、書類上の話ですか?」
「もちろん書類にも残すけどね、それとは別にやることがあるんだ」
レオンハルトは改めてアイラに向かい、確かめるようにゆっくりと説いた。
「いよいよだから、きちんと言っておくけれど、君の場合、『アイラ』という名前だけが残り、家の名はここで捨てていくことになる。いいね?」
「……わかりました」
アイラはまだ不安を目に残しながらも、しっかりとレオンハルトを見つめ、確かに頷いて決意を固めた。それを見てレオンハルトも、重々しく頷きを返す。
「うん、そうと決まれば、次は二つ名だ」
「二つ名?」
初めて聞く言葉に、アイラはまたしても目をぱちくりとさせた。
「ああ。入門者自身の資質を表す、新たな名前さ」
「新たな、名前……」
アイラはかみしめるようにつぶやいた。
「このレブストルの門の下では、これまでの名を捨てる代わりに、新しく名を得る。まあ、どちらが良いのかは、その人の在り方次第だけどね」
その言葉を受けたアイラが「その言い方、お父さんみたいです」というので、レオンハルトは「そうかい」と少し笑った。
「それで、どうやって決めるんですか? 二つ名は」
「うん、実は半分もう決まっているようなものなんだ。君の場合、呪い持ちだろう?」
「あっ、はい」
レオンハルトの声に応じて、カウンターの職員は戸籍に記されたアイラの呪いを参照した。
「ええと、アイラ・フロイルさん、十五歳。ウィンダム郡セド村生まれ、呪いは四級……『眼鏡が壊れる』、で、お間違いないですか?」
アイラが頷くと、職員は特に感情もなく告げた。
「
「えええ!?」
「まあ、そういうことなんだよ」
アイラはともに平静な職員とレオンハルトとの間を視線で行き来しながら、わたわたと手を所在なさげに動かした。レオンハルトが「落ち着いて」と声をかけながら、やんわりと肩に手を置く。
「なに、私が若い頃も、仲間内ではよく呪いからつけたあだ名で呼び合ったものさ」
「じゃあ、レオさんも、呪い持ちなんですか?」
「そうだよ。君の地元では珍しかったかもしれないが、王都はそもそも魔法人口も多いからね、呪い持ちは少なくない……さ、説明を聞いて」
レオンハルトに促されるまま、アイラは職員に向き直った。職員は咳払いをしながら、背後から大きなつばのある帽子を取り出した。
「二つ名を決めるには、まずこちらの魔法具を使います。〈ポラリスの――」
「あれッ、おとぎ話で読んだことある! 確か、帽子をかぶった者に真実を教えるとか……」
「アイラ、やっぱりそれはおとぎ話じゃなくて神話だよ」
「ええ?」
説明を中断された職員は、再び咳払いしてから続けた。
「――これは神話にある〈ポラリスの帽子〉を参考に当学院が作った、〈呼び分け帽子〉です。神話のように真実を教えてくれるわけではありませんが、かぶった者の性質を自ら喋らせる魔法がかけられています。これをかぶった後にあなたの口から出た言葉を私が書き留めますので、そこからさらに別の魔法具を介して、二つ名を決めるという流れになります。繊細なものですから、落とさないようにしてくださいね」
言われるがまま、アイラは帽子を受け取った。帽子は薄い革で作られているようだった。つばの面積が広い分、やや重く感じられる。かぶる向きがあるのかと手元で角度を変えながらレオンハルトを見上げると、彼は静かにうなずくだけだったので、特に決まりは無さそうだと判断する。
そうしてアイラは手に取った〈呼び分け帽子〉を、恐る恐る頭の上にかぶせた。
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