第8話 名を捨てよ、表へ出よ

 レブストルにおける〈名捨て〉の歴史を語るには、初代首席が王に向けた上奏文と、在籍する門徒たちに向けた檄文の存在が外せない。


 前者は、首席卒業生に約束される「上奏の権」を用いて進言された、嘆願書のようなものである。


「これより後に学院の門を跨ぐ者は皆、おのが一族を語らず、他が一族をも語らず、いたずらに徒党を組むことなく、虚心をもって正々堂々と魔道の修身に当たるべきよし、確かにお下知をくだされたく、かしこみ畏み申し奉る」


 この上奏の背景には、レブストルが解消できなかった学院内の差別意識がある。


 レブストル創設には、そもそも身分の差を超えて魔道向学の徒を募るという大きな目的があった。


 しかし、当初は実際に入門を果たした者のほとんどが壁内出身者――いわゆる貴族筋であったため、少数派である平民や地方からの入門者は、彼らからあからさまな迫害を受けることとなったのである。


 それを苦にして、やむなく学院を去った者も少なくない。


 本来の目的から遠ざかることを危惧した王は、すぐに地方での審査機会を拡充した。入門者の門戸を広げることで学院内部の格差を薄め、力の均衡を図ろうとしたのである。しかし数年間はその甲斐もなく、同じ状況が続いた。


 そんな中で初代首席となったのが、創設以来の五年間辛酸を舐めながら修業に修業を重ねた、地方出身者だったのである。それまで学院の内外で大きな顔をしていた貴族の子弟らは、これにより全くの面目を失うこととなった。


 こういった流れで行われた上奏が、先のものである。本来ならこの権利は、卒業後の官職などの希望を申し伝える目的を想定したものだった。彼の上奏は、己の今後すら顧みず現状を憂い、魔道発展と差別解消に心を致した好例として、今に語り継がれている。


 他方、上奏の裏で門徒たちに向けられた檄文は以下の通りである。


「情けなや、親のふんどし締めたるは。名を捨てよ、表に出よ! 俺はおのれらと相撲がとりたい」


 随分煽情的な物言いになってはいるが、主張するところは変わっていない。ただこの言葉を受けた門徒たちがその後燃え上がり、実際に乱闘になったとかならなかったとか――

 

 ともかくも、これら初代首席の言葉をきっかけにレブストル第六期生より始められたのが、〈名捨て〉である。


 以来、入門者を受け付ける際には、その者の戸籍を参照しながら、家に連なる名を捨てると同時に、レブストルで通用する名を登録する手続きが行われている。


 ところで、またさらに裏の話をすると、この「名前を捨てる」という儀式自体は、古くから魔法を扱う一族の間で、外から優秀な血を引き入れるために秘密裏に行われてきたことだった。


 そうしてこれまで特権的な地位を築いてきた壁内の人間からも、レブストル入門の名の下に一族の名を奪ってしまえるので、〈名捨て〉はなかなか皮肉の効いた制度となっていた。


 これは在学中の短い期間にせよ、居丈高な貴族子弟の門徒には良い薬になっていたようである。

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