第7話 レオンハルトの眼差し

 門の上の〈アスガルの鬼〉に見送られてともに石畳を歩きながら、レオンハルトは横を行くアイラの姿に、二十年来会っていない友の面影を再び思い出していた。


 そうして、アイラが口にしたように、王都を去ってからの、決して楽ではなかったであろう暮らしのことを思う。


 一方で、苦しくはあっただろうが、この娘との生活は、彼の頑固な友人にとって、かけがえのない豊かなものであったことも想像できた。


 髪と目の色はヴィルヘルム似だ。控えめな性格は母親に似たのだろう。


 しかし、慎重さのすぐ裏には大きな好奇心が隠れている。ころころと変わる表情の奥にはどこか芯があり、決して人におもねらなかった父の気骨もまた受け継いでいるように感じられた。


 今頃どうしているかと折に触れて思っていた友が、自分をこんな形で頼ってくるとは、レオンハルトは想像もしていなかった。手紙を受けた時も、まったくこいつはと思いながら、笑みを隠し切れない自分がいたことを思い出す。


 四十代を迎えたこの紳士にとって、旧友の存在とはそういうものだった。


 ふいにレオンハルトは、誰にともなくつぶやいた。


「私もね、嬉しかったんだよ」


「え? なんですか?」


 その言葉はアイラに届くか届かないかといったところで、春の日の中に溶け込んでいく。


「いいや、なんでもないよ。さあ、見えてきた。この管理棟でまずは手続きだ」


 通路脇の木々の影から、やがて二階建てのレンガ造りの建物が現れる。レオンハルトはアイラを引き連れて、建物の入り口に向かって歩を進めた。


 一歩一歩近づくごとに、隣でアイラが生唾を飲み、落ち着こうと深呼吸しているのを見ながら、レオンハルトは自分もまた心に一呼吸を置いていた。



 友よ――ヴィルヘルムよ。


 ……いやなあ、まずお前、心配してたんだぞ。本当にお前はそういうやつだよ。


 でも、まあ、いいよもうそれは。どうせお前は聞きやしないんだから。


 なあ、ヴィルよ。


 わからんものだ、人生というのは。


 お前はよっぽどこの子を王都ここにやりたくなかったに違いない。


 私だって同じ立場ならそう思うだろうよ。


 しかしなあ、ヴィルよ、この子はお前の子だ。


 お前と違って愛想はいいし、よく笑うし、たぶんこの調子だと、よく泣く。


 でも意志の強さってやつは、お前とそう変わらん頑固者らしい。


 お前を根負けさせるんだから、お前以上の強者つわものかもしれんよ。


 さてこれで私はこの子を――アイラをお前自身とも、自分の娘とも思って、守ってやらないといけなくなった。


 正直自信はないが、そうも言ってられないな。


 いつか約束したことを、お前は覚えているか?


 そうともヴィル。仮にこの子をお前自身とするならば――


 ――それを守れぬ時は、私が死ぬときだ。


 まあ、しっかり任されてやるから、遠くで安心していろ。


 ただなあ、手紙は寄越せ。本当に。



 やがて二人は建物入り口の大きな木戸の前に立った。


「さて、心の整理はついたかな?」


「はい! 結局お父さんがいけないんだって考えてたら、元気になってきました!」


 すっかり調子を取り戻したアイラを見て、レオンハルトは頷きを返す。


 そうして、これからいずれアイラに降りかかるであろう様々な困難を思いながら、レオンハルトは入り口の戸をゆっくりと押し開けた。

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