四級受呪者の前日譚
望月苔海
眼鏡割りのアイラ
第1章 辺境より来たる少女
第1話 はじめての王都
「お客さん。お客さん!」
「……ウーン……ンン……」
春。肩を揺らされる少女の長い金髪が、列車から差し込む陽を受けて柔らかく揺れている。
この少女――田舎者のアイラ・フロイルが、王都に到着した夜行列車の一室でウンウン
彼女がなかなか起きないのには理由がある。
十五歳になったばかりのアイラにとっては、これが初めての列車で、初めての王都へ、初めての独り旅だった。
もちろんそれだけでも十分すぎる緊張があったが、何といっても三等車両の硬いマットレスが、彼女から安眠を奪い去ったのである。
横になれば車輪からの振動でぐわんぐわんと頭が揺れ、とてもではないがアイラには寝られなかった。それでは、と座席に腰掛けて寝ようとはしてみたものの、こちらも同じ固さときたものだ。今度は尻が痛くなってしまった。
そうしたわけでアイラは一晩中寝たり座ったりを繰り返し――最終的には疲れのあまり感覚が麻痺したのだろう――座ったまま朝日を迎えた彼女はほとんど失神するように眠りに落ちて、今に至るのだった。
「お客さん、終点ですよ!」
「ウーン……んェ? ……ふわあああ!!」
座席から飛び起きたアイラは、何よりまず癖で眼鏡を探したが、かけたまま寝ていたことに気が付いてすぐに自分の顔に手をやった。
「ああ、すみません、すみません! あ、ありがとうございます!」
声をかけてきた車掌にその場で改札をしてもらうと、礼もそこそこに、アイラは荷物を抱えて転げ出るように列車から降りた。
そのままふらふらとした足取りで手近な壁までたどり着く。これによりかかるとその場に荷物を下ろし、体をぐい、とおおきく伸ばした。
息をついて目をしばたかせていると、まだぼんやりしているアイラの目にも、少しずつ駅舎の様子が見えてきたらしい。
次の列車のために居並ぶ人々と、その人々が列を成せるほど広いホーム。
それを支える立派な柱と、待ち構える列車からあがる蒸気。
そしてそれらが溶けていく、青い空――
目に飛び込んでくるありとあらゆるものが、アイラには輝いて見える。
「私、ついに来たんだ――王都・サンタルスブリスへ……!」
アイラは期待に胸を躍らせつつ、眼鏡の奥で、その青い瞳をらんらんときらめかせた。
王都サンタルスブリスの南端に位置するこの駅は、国土の四方へまたがる鉄道の要衝として整備されてきたものだ。すべての線路はこの駅を起点として伸びているため、その分駅舎自体も大きく作られている。
アイラがまず目を見張ったのは、やはりその大きさにおいてであった。
というのも、彼女が列車に乗り込んだのは遥か西方の小都市ディメルからで、ここはつまり最近になってやっと線路が延びたばかりの、(もちろん線路も一本だけの、まだまともな駅舎も建造されていないような)――まあ言ってしまえば非常にしょぼくれた駅だったのだが、それにしたって列車自体が初めてのアイラにとっては、ホームに並ぶだけで胸を高鳴らせる体験だったのである。
それが一躍して、国の中心たる王都の駅へ降り立ってしまったものだから、一つのホームの広さや、そこに行き交う人々の多さに驚嘆してしまうのも、無理からぬことだ。
しばし人波に見入っていたアイラは、ハッと思い出したかのように手で髪を梳かし始めた。彼女の長くまっすぐなはずの金髪は、列車での寝苦しい時間の中で、妙な癖がついてしまっていた。なかなか思うようにまとまらないながらも、それはそれとして、アイラは何かを探すようにあたりを見渡す。
すると人波の遥か向こう、ホームの先にある広場らしい空間に、金色の時計らしきものが立っているのが見えた。
「あそこかな……」
アイラはその金の時計を目印として、ある人物と待ち合わせをしていたのである。
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