放課後のスイーツ


 秋の涼しい夕風を浴びながら、私たちは学校近くのファミリーレストランへと向かった。


 店のドアを開けると、「いらっしゃいませ」と若い女性の店員が愛想良く挨拶をする。

 「お好きな席へどうぞ」と言われた私たちは、京香ちゃん主導で入り口から最も遠い角のテーブル席へと座った。

 夕方に差し掛かったばかりのこの時間、店内は空いていた。家族連れが一組と、若いカップルが一組、あとは年配のお客さんが占めている。

 

「何食べる? あ、見て! このイチゴ練乳パフェすっごくおいしそうじゃない!?」


 席に着くなりさっそくメニュー表を開いた京香ちゃんが目を輝かせて言う。


「ちょっと落ち着けって」


 興奮する彼女を注意しながら、清美ちゃんはもう一つのメニュー表を取り、対向の椅子に座っている私たち探偵部に手渡す。


「あ、ありがとう」


 お礼を言って一ページ目をめくると「秋のパフェ祭り!」という大きな見出しが目に飛び込んできた。見出しの下には何種類ものパフェが少し痛いキャッチコピーとともに紹介されている。

 これは甘党が興奮するのも仕方ないかもしれない。


 結局私たちはその期間限定のイベントにまんまと惹かれてしまい、コーヒーゼリーを頼んだ藍ちゃん以外の全員がそれぞれ別の種類のパフェを頼んだ。


 注文を取りに来た店員が去ったあと、「そういえばさ」と京香ちゃんが口を開く。


「依頼料払ってなかったね」


「ええっ、いらないよ!」


 本気か冗談かわからない言葉に、亜希ちゃんは笑って拒否する。


「でも、せっかく解決までしてくれたのに何もなしっていうのもさー」


「あはは、それ犯人の京香が言うこと?」


 笑う明里ちゃん。


「そんなこと言ったら、私たちだって劇の鑑賞料払ってないし。むしろこっちがお釣りを出すくらいだよ」


 うーんと納得していない様子の京香ちゃん。


「お金取っちゃうとそれこそ問題になっちゃうよ」


 私が言うと、「それもそうか」とようやく理解してくれた。


「まあ、今後何か力になれることがあったら言ってよ。犯人を取り押さえるくらいならできるからさ」


 さらっと彼女は言うが、そんな物騒な事件が校内で起こらないことを祈るばかりだ。


 少しして、注文していたスイーツたちが届いた。

 私が頼んだのはキャラメルパフェ。

 見るだけで口の中が甘ったるくなるようなそれを、器からこぼれないよう丁寧にスプーンですくい取り、食べる。

 想像通りの少し行き過ぎた甘さが、放課後の疲れた体にしみ込んでいった。

 おいしい、と口々に声が出る。


「ねえねえ、みんなのパフェ一口くれない? もちろん私のもあげるからさ」


 五口目くらいを食べたところで、京香ちゃんがそんなお願いをしてきた。


「出たよ、京香の食い意地。毎回人が頼んだものも食べたがるよな」


「あんまり多くとんないでねー」


 呆れつつも、清美ちゃんと明里ちゃんは自分のパフェを差し出す。


 亜希ちゃんの「いいよ!」に続いて私と姫乃ちゃんも了承したため、京香ちゃんはテーブルに並んだイチゴ、チョコレート、マロン、キャラメル、桃、抹茶の六種類のパフェを順に味わい、制覇していった。

 

「あー、パフェ最高! ……でも、藍はこういう甘いのとか苦手なんだよね? こんなにおいしいのに、なんでなんだろ」


 不思議がる京香ちゃん。

 藍ちゃんはコーヒーゼリーを食べる手を止め、苦笑いをする。そんな彼女の頭をぽんぽんと触りながら、京香ちゃんはまた話し始めた。


「藍とは小学校からの親友なんだけどさ、食べ物の好みが正反対なんだよね。私が好きなものは藍が苦手で、藍が好きなものは私が苦手なんだよ。そのコーヒーゼリーだって、私は苦くて食べれないし」


「食べ物だけじゃなくて性格もだな。藍は大人しいけど、京香はうるさい」


「ちょっと清美、『元気がある』って言ってよね!」


 そのやりとりにみんなが笑う。


「……でも小学生の頃は、藍も甘いお菓子とか食べてたのになぁ」


 ぽつりと呟やかれた京香ちゃんの言葉は、清美ちゃんと明里ちゃんは初耳だったらしく、「そうなの?」と意外そうな顔をする。


「うん、一緒にアイスとか食べてたの覚えてるもん。それがいつの間にか、だよ? 大人になるにつれ苦手だったものが食べられるようになるっていうのはよくあるけど、その逆って珍しいよね。……ねえ、いつから嫌いになったの?」


「えっ……うーん、どうだったかな」


 京香ちゃんの質問に、眉間を寄せて考える藍ちゃん。しかし、すぐに「覚えてないや」と言って控えめに笑う。


 私は会話を聞きながら、「昔は食べられていたものが今では苦手」という経験は案外よくあることではないのかと思った。私も小学校にあがる頃までトマトが大好物だったが、あるとき祖母の家で腐ってドロドロになったそれを見たのが若干のトラウマになり、今では唯一苦手な食べ物になっている。きっと、食の好みなんて子供のころの些細なきっかけで簡単に変わってしまうものなのだろう。

 私は器に残った最後のクリームをすくい取り、億劫でしかなくなった甘さを口に放り込んだ。



 空が濃い茜色に染まり始めたところで私たちは店を出た。

 地平線に消えゆく太陽を視界に入れながら、途中まで同じ下校道をみんなで歩く。


「食べ得になったな。藍に感謝しろよ」


 やれやれ、といった様子で清美ちゃんが京香ちゃんに言う。

 結局、マカロンを食べた犯人が藍ちゃんに奢るという罰は、奢られる本人が頑なに拒んだために遂行されなかった。

 京香ちゃんは「藍はほんとに優しいね」と前を歩く藍ちゃんに抱きつく。その反動で小柄な体が少しよろめく。

 

 しばらく歩いたところの十字路で、私と姫乃ちゃんはみんなと別れた。

 姫乃ちゃんの方が距離は遠いが、彼女とは帰る方向が同じなのだ。

 舗装されたアスファルトの道を並んで歩く。姫乃ちゃんが探偵部に入ってからは毎日一緒に下校しているが、二人きりの空間はまだ少し慣れない。


「今日の推理、すごかったね。私なんにもわからなかったなあ」


「ふふ、うまいこと勘が当たっただけよ」


 謙遜する姫乃ちゃん。

 彼女という人間を知れば知るほど、どうしても私との不釣り合いさを感じ、遠い存在に思えてしまう。そろそろ短所や弱点もさらけ出してくれないと、私は無力感に苛まれ、消滅してしまう気がする。


「それに……」


「それに?」


 姫乃ちゃんは急に黙り込んで難しい顔をする。

 何か考えに耽っているようだ。

 話しかけない方がいいと思い、私も黙ったまま下を向いて歩くが、どうしても気になってしまい、ちらちらと横目で見てしまう。


「みみ子さん、お願いがあるのだけど」


 唐突に、真剣な口調で言われ、「ひゃいっ」と返事が裏返る。


「明日、朝早くに学校に来てくれないかしら。少し確認したいことがあるの」


「え、朝? 確認したいこと?」


「ええ」


 戸惑う私を見つめる彼女は、ほんの少しの笑みを浮かべる。


「もしかしたら、犯人はもう一人いるかもしれないわ」


 

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