探偵の推理


「犯人がわかった」


 着替えを終え、休憩室から出てきた演劇部のみんなはその言葉を聞き、虚を突かれた顔をする。


「え、ほんと!?」


 じんわりと顔がほころんでいく京香ちゃんに「らしーよー」と明里ちゃんが笑う。その隣で、ほう、と腕を組む清美ちゃんと不安げな顔の藍ちゃん。


 マカロンの食べかすを見つけ、犯人を特定した姫乃ちゃんの推理はついさっき探偵部だけに共有された。私はその推理を頭の中で反復させ、いまだしらばっくれている犯人を見つめる。


 「誰なの!?」と答えを急ぐ京香ちゃんに、亜希ちゃんは手のひらを向け制止する。


「待ってください、順を追って説明しますので」


 そう言うと、コホンと咳ばらい。

 皆、真剣に聞く姿勢をつくる。


「……えー、今しがた我々は舞台袖の中を調査させていただきました。そこで、真相に繋がる重要な手がかりを見つけたのです」


 亜希ちゃんは腕を背中の後ろに組み、ゆっくりと演劇部の周りを歩き始める。

 役になりきる、という点では藍ちゃんのホームズにも引けを取らないだろう。


「手がかり……?」


 呟いた藍ちゃんの肩に、後ろからポンと手を置く亜希探偵。

 小柄な体がびくっと震える。

 

「なんだと思う?」


「え、え……」


「ふふ……正解は、『マカロンの食べかす』です!」


 もはや探偵を通り越してただの痛い人にも思えてきた。


「三つ目まではそれぞれが休憩室で食べたということなので、舞台袖で見つかった食べかすは最後のマカロンで間違いないでしょう。つまり、犯人は休憩室から最後のマカロンを持ち出し、舞台袖で食べたということです。食べかすの落ちていた位置から察するに、音響の操作をしているときに食べたと思われます。舞台袖の中は暗いので、きっとボロボロと落とした食べかすに気が付かなかったのでしょう」


 ここまで話すと、清美ちゃんが言葉をはさむ。


「ってことは、私は違うよな」


「ええ、清美ちゃんは犯人から外れます。清美ちゃんが犯人の場合、練習が終わって休憩室に戻ってからの犯行しか不可能なので、舞台袖で食べることはできません」


 人から教えてもらった推理を得意げに話す亜希ちゃん。

 これは「推理の発表は亜希さんにしてほしい」という姫乃ちゃんの頼みからであった。おまけに、「探偵になりきって」という謎の条件付き。

 彼女のことだから、何か意図があるのだろうか……。

 そんなことを考えながら推理を聞く。




「残るのは京香ちゃんと明里ちゃん。ズバリ、犯人は……」


 二人の顔を交互に見つめる亜希ちゃん。

 犯人の顔が少し強張ったように見えた。




「あなたです!」


「ええっ、わたし!?」


 指をさされ、違うよと笑いながら手と首を横に振る京香ちゃん。


「あなたは練習途中、忘れた小道具を取りに休憩室に戻った。そのときに最後のマカロンを盗んだんです。そして、通し練習の出番待機の合間、舞台袖で音響をしながらマカロンを味わった……!」


「で、でも、京香ちゃんが休憩室から出てきたところを見てたけど、小道具以外のものは持ってなかったよ……?」


 おどおどした声で藍ちゃんが庇う。


「ええ、休憩室の出入り口はステージから丸見えのなので、マカロンを手に持って部屋の外に出れば一発でバレてしまいます。なので、おそらくズボンのポケットにでも入れていたんでしょう」


「いやいや、そんなこと言ったら明里だってできるじゃん!」


「いいえ、できないんです。明里ちゃんは休憩中もずっと汚してはいけない衣装を着ていたんですよ? 衣装の中にマカロンを隠し持つなんてことはしないはず」


「ティッシュやハンカチで包めば汚れないでしょ!」


「なるほど、その場合、明里ちゃんはマカロンを包んでいた証拠物をどうするでしょうか。きっと、そのまま服のポケットに入れておくとか、舞台袖のどこかに隠すとか、そんなところでしょう。練習直後、事件が発覚してからみんなで探偵部へ直行となると、隠蔽する間もないですからね。……しかし、私たちが荷物検査と服装検査をし、休憩室と舞台袖をくまなく調査したにも関わらず証拠物は出てこなかった。先ほどの劇の途中で回収したという可能性もあるため、二回目の服装検査をさせていただきましたが、結果は白でした。このことから、明里ちゃんの犯行も否定できるんです」


「……」


「それにあなた、服装検査のあとすぐにトイレに行きましたよね」


「……それがなんだって言うの?」


「マカロンを直接ポケットに入れると、当然中がベタベタになります。私は服装検査で各々に自分の衣装のポケットを裏返させました。そのときあなたは、一度マカロンを入れたせいで汚れてしまったポケットに手を突っ込む羽目になり、ベタベタになった手を洗いに行った……違いますか?」


 それっぽい言い回しとともに、探偵さんはキリっと決め顔をした。

 何も言い返さず怪訝な面持ちで探偵と向き合う京香ちゃん。少し間をおいてから彼女は仕方なさげに目を閉じ、深い息をつく。次に目を開けると、顔全体でニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

 その生々しい表情の変化に、つい身体が強張る。


「……そうだよ、その通りだよ。犯人は私。さすが探偵部さんだ、見事な推理だったよ。くくっ、あはは、あーはっはっ!」


 ドラマさながらのセリフを、さながらの悪い顔で言いながら高笑いする京香ちゃん。本当にそういう人だったのか、と私が騙されかけたところで清美ちゃんが彼女の頭をはたく。


「お前が犯人かいっ。まったく面倒かけやがって」


「いてて、叩くことないじゃんよぅ」


 いつもの京香ちゃんに戻った。


「あははっ、マジで京香が犯人だったの? ウケるんだけど!」


 大笑いする明里ちゃんと、戸惑い続ける藍ちゃん。その様子を見て、ようやく私は気を緩める。


「ということで、私が犯人でしたー! みんなごめんねー!」


 ドッキリ大成功のようなノリで改めて言う京香ちゃん。そのテンションの変わりように圧倒されながらも、無事に事件を解決できたのだとわかるとじわじわと安堵がやってきた。


「あー、よかった。これで違ってたら私恥ずかしくて死んじゃうよ」


 役を脱いだ亜希ちゃんは、そう言って笑いながらぐーっと背伸びをする。きっと探偵を熱演した亜希ちゃんや推理を考えた姫乃ちゃんは私以上に胸を撫で下ろしていることだろう。


「あはは、ナイス探偵だったよ! いやー、にしてもすごいね、まさか本当に言い当てられるとは思ってなかったんだけどな」


「ふふんっ、ぜんぶ姫乃ちゃんの推理なんだよ、ねっ!」


 亜希ちゃんに顔を向けられた姫乃ちゃんは、「たまたまよ」と謙遜が過ぎる言葉を落とす。


「ええっ、すごいね姫乃ちゃん。正に才色兼備ってやつだね」


 京香ちゃんの褒め言葉に、微笑みながら「どうも」とだけ返す姫乃ちゃん。


「まあ、私も薄々気づいてたよ。こんな食い意地張るやつなんて京香くらいだって」


「もう、清美ひどいなあ。マカロンを食べたかったのは否定しないけどさ、それとは別の動機もあるんだからね」


「別の動機?」


 亜希ちゃんが興味津々で尋ねる。 


「うん。本物の犯人になりたかったの」


「え、どういうこと?」


「ほら、今私たち探偵ものの劇を練習してるでしょ? 一応コメディ要素は強いけどさ、最後に犯人が暴かれるシーンはちゃんと緊張感を持たせたいんだよね。そのためには犯人役である私の演技力が重要になってくるんだけど、いまいち役に乗りきれてなかったの。……だから、実際に犯人の気持ちを体験してみたってわけ! 探偵に追い詰められていく様がどんな感じなのかなってね!」


 それを聞いて、なるほどと納得する。だから自ら部員を引き連れて探偵部に依頼しに来たのか。

 どこか満足気に話す様子を見ると、きっと京香ちゃんは求めていたものを得られたのだろう。現に、さっきの犯行を認めるときの表情なんか鳥肌ものだったのだから。


 まさか、と姫乃ちゃんを見る。

 亜希ちゃんに探偵の演技をさせたのは京香ちゃんが役に入りやすくするためだったのだろうか。

 姫乃ちゃんは私に気づき、フフッと優しく鼻を鳴らして微笑む。

 底知れず、の彼女だ。


「いやー、みんな本当にごめんね! ちゃんと謝りたいからさ、ファミレスとか行って話さない? 甘いもの食べたくなってきちゃった」


 マカロンを食べた犯人は申し訳なさそうな笑みを浮かべて提案する。


「お前なあ……」


 呆れる清美ちゃん。


「ほら、だって犯人は罰として藍に何か奢るって約束でしょ? それを果たさないとだし!」


 うまい言い分を出してきた京香ちゃんに仕方なく折れる清美ちゃん。


 「探偵部さんも来るよね?」と言われ、亜希ちゃんは私たちの意思を確認もせず即答で「うん!」と返事をする。


「じゃあ決まりね!」


 反省の色はどこへやら、京香ちゃんは屈託のない笑顔を見せた。

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