現場調査


 第二体育館の中は聞いていた通り誰もおらず、私たちの話し声と内履きが床を擦る音だけが大げさに響き渡る。

 体育館に入ってまず目につくのはステージを向いて左の側面にある、体育館倉庫の大きな扉だ。そして、私は初めてその存在を知ったのだが、そこからステージ側に五メートルほど進んだところに、片開の扉があった。

 京香ちゃんは「少し散らかってるけど」と言って、その扉を開ける。

 部屋の中には様々な衣装や小道具、動物の着ぐるみのようなものまでが置かれていた。物が多くてわかりづらいが、普通教室の4分の1くらいの大きさで、探偵部の部室よりもわずかに小さいくらいだろうか。大量にある道具のほとんどは壁側に固められており、部屋の中央にある長方形の白テーブル周辺はすっきりとしている。

 

「まあ、準備室兼休憩室ってところかな。演劇部専用の部屋ってわけじゃないから、私らも知らない衣装とか道具がたくさんあるんだけど……この着ぐるみとかは文化祭で使うやつだね」


 部屋の説明をしながら、京香ちゃんは無駄にリアルなパンダの頭をかぶり、ガオーと正解なのかわからない鳴き声を出す。

 その行動に誰もツッコまないまま探偵部は部屋の中を調べ始めた。


「窓は開けた状態だったの?」


 窓の外に顔を出しながら、亜希ちゃんが訊く。


 「ああ、ずっと開けたままだ」と清美ちゃんが答える。


「……うーん、とはいっても動物の仕業っていうのも現実的じゃないもんねえ。……へっくしょいっ!」


 日光に当たったせいか、校庭に向かって彼女のくしゃみが飛んだ。


 「動物って、私みたいな……?」とパンダをかぶった京香ちゃんが何かを呟いたが、みんながスルーしているので私もそれに倣う。


 白テーブルの上には大きな楕円形の紙皿と、弛んだ一枚のラップが置かれてあった。


 「この紙皿の上にマカロンがあったんだよね?」と訊くと、明里ちゃんが笑いながら答えてくれた。


「うん、マカロンがそのまま紙皿の上においてあって、このラップが被せてあったんだよー。 まじウケるよね、昨日の夕飯の残りもんかよって思ったわ。それにこの紙皿もデカすぎるし。パーティーとかで真ん中に置く大皿でしょ、これ。あのおばさんそこらへんのセンスがないんだよね」


 なるほど、演劇部にはなかなか変な顧問がいるらしい。


「うーん、テーブルから落ちて、どこかの隙間に入り込んでたりして……」


 私は屈みながら、小道具が詰め込まれた箱と壁の隙間などをのぞいて回る。

 目線を下げて気付いたことだが、テーブルの下の床にかなりの量のマカロンの食べカスが散らばっていた。

 結構な酷い食べ方をした人がいるのだろうか。


「あー、京香さ、途中で小道具取りに戻ったとき急いでたじゃん? そんときにテーブルに当たって落としたんじゃないの?」


 明里ちゃんが言う。


 京香ちゃんは黙ってパンダの頭を脱ぐと、「落としてない」とぶっきらぼうに言い、壁にもたれて座るパンダの胴体にめがけてそれを投げた。パンダのお腹でポンっと軽くバウンドした頭は、隣に座っているクマさんの腕の中にすっぽりと収まる。


 ぷくーっとほっぺを膨らまして拗ねる京香ちゃんに藍ちゃんが心配そうに寄り添い、他の演劇部二名は気にも留めずマカロンを探す。きっと、いつもこんな感じなのだろう。


 みんなで探してもやはりマカロンは見つからなかった。


「……じゃあ、いよいよ演劇部の中に犯人がいるってことで進めてよさそうだね」


 どことなく嬉しそうな亜希ちゃん。


「あ、そうだ、持ち物検査もしとかないと。犯人がまだマカロンを隠し持ってる可能性があるからね」


 その提案を演劇部は了承し、全員がカバンの中身をテーブルの上に出す。

 藍ちゃんのカバンから出てきた大量の除菌シートにみんなが笑う場面があったが、マカロンと思しきものは出てこなかった。


「あと隠せるとしたら……ポケットか」


 亜希ちゃんはそう言うと、各々にポケットの中身を裏返させながら、制服と劇の練習で着ていた衣装の両方を調べていく。

 しかし、やはりマカロンはおろか、手がかりになりそうなものは出てこない。


「うーん、やっぱり犯人はすでにマカロンを食べてるみたいだね。となると、食べたタイミングが重要な推理要素になるんだけど、犯行自体は藍ちゃん以外誰でも可能なんだよねえ……」


 難しい顔をしながら、亜希ちゃんは腕を組んで歩く。


 テーブルを一周したところで、「ちょっとトイレ」と京香ちゃんが部屋を出て行った。

 また少ししてから、他の演劇部三人も「私たちがいると推理しづらいよね」と気を遣って部屋を出ていく。

 部屋には探偵部のみになった。

 

 ずっと立っているのにも足が疲れたので、近くの椅子に腰かける。


 ……こんな調子で犯人を見つけ出せるのだろうか。

 三人寄れば文殊の知恵というが、その諺をどこまで信じていいのだろう。


「とりあえず、犯人の候補を整理しようか」


 歩く足を止めた亜希ちゃんが言い、私と姫乃ちゃんが賛成する。


「まず犯人の候補として挙げられるのは、一人で休憩室に入っていた明里ちゃん」


 パンダの横に立っている姫乃ちゃんが亜希ちゃんに続ける。


「第二候補は、小道具を忘れ、休憩室に取りに戻った京香さんね」


 座ったまま、私も続く。


「三人目は、練習終わりに一人で休憩室に入った清美さんだね。第一発見者でもあるけど」


 全員が頷く。ここは共通の認識として間違いなさそうだ。


「ということで、みみ子! 今の推理を発表しなさい!」


「えっ」


 唐突にそんなことを言ってくる亜希ちゃんは、おそらく推理が行き詰っているのだろう。私だって大した考えを持ち合わせていないので「うーん」と唸りながら困り顔をする。

 「どんなことでもいいよ」と亜希ちゃんから言われたので、話すほどではないかと思っていた浅い推理を引っ張り出すことにした。


「京香ちゃんは違うんじゃないかな」


「なんで?」


「大した推理じゃないけど……。まず、演劇部のみんなの話では、京香ちゃんは甘いものに目がないんだよね。仮に小道具を取りに行ったタイミングでマカロンを食べたとなると、犯行は一瞬にして行われたことになる。そんなに甘いものに執着があるのなら、もっと味わって食べるんじゃないかなって」


「確かに、一瞬で食べちゃうなんて本末転倒だもんね」


 亜希ちゃんは私の推理を評価した後、今度は姫乃ちゃんに意見を訊く。


「私も確証に至るほどの推理ではないけれど、明里さんが犯人の線は薄いと思うわ」


「ほうほう」


「明里さんが犯人だった場合を考えてみて。今回はたまたま京香さんが練習途中に小道具を取りに戻って、清美さんが練習終わりに一人で休憩室に入ったから犯人候補が三人もいる事態になっているのよね。でも、そういったイレギュラーが起きなかったら、最終目撃者の明里さんは簡単に犯人だとわかってしまうわ。つまり、他の二人と比べてバレるリスクが高すぎるのよ、明里さんは」


 「なるほど……」と亜希ちゃんと一緒に唸る。私と違って、実に論理的な推理だと思った。とはいえ、マカロンを食べたと言うだけの事件に、その理論がどこまで通用するかはわからないが。


 私たちの意見を合わせると、清美さんが一番怪しくなってくるのだろうか。でも、あの真面目な風貌でマカロンを食べた犯人というのは一番想像できない。


 ガチャリとドアが開き、京香ちゃんが顔を覗かせる。


「犯人、わかった?」


 期待した様子で訊いてくる彼女の笑顔に心苦しさを覚えながら私たちは首を横に振った。

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