消えた最後のマカロン
「マカロン……?」
私が聞き返すと、京香ちゃんは笑って頷き話を続ける。
「最近、第二体育館のステージで劇の練習をしてるの。ほら、学園祭も近いから。……それでね、今日、体育館の休憩室に先生からの差し入れでマカロンが置いてあったんだ。四個あったから各々好きなタイミングで一つずつ食べることにしたんだけど、藍は甘いものが苦手だから一つ余るはずなのよ。それなのに練習終わりに見てみたら全部なくなってるの! 当然藍は食べてないって言ってるし、他全員も一つしか食べてないって言ってる。……これ、誰かが嘘をついてるとしか思えなくない?」
少し楽しさ混じりに彼女は話した。
ずいぶんと平和な事件だなと思いながら、演劇部の気恥ずかしそうな笑みの理由を理解した。
「なるほど。じゃあ、部活の開始から今に至るまでの時系列を教えて。特に休憩室の出入りと、それぞれがマカロンを食べた時間について詳しく訊かせて欲しい」
亜希ちゃんはいつの間に取り出したのか、メモ帳にサラサラと依頼人の言葉を記録しながら、いたって真剣な様子で言う。
事件は事件、ということだろうか。探偵部部長の探求心が光る。
「うーん、まず、藍が一番最初に部活に来て、その後に私たち三人が来たの。それで、休憩室のテーブルの上に紙皿に置かれたマカロンが四個あって、差し入れだーって皆で歓喜したのね」
「ん、ちょっとごめん、なんでそのマカロンが差し入れだってわかるの?」
亜希ちゃんは申し訳なさそうにしながら、始まったばかりの話を止める。
「ああ、藍が部活に向かう途中、顧問の先生とばったり会ったらしくて、『差し入れのマカロン置いといたから、みんなで食べーや』って言われたらしいの」
声真似を交えながら説明する京香ちゃん。
藍ちゃんも微笑しながらうんうんと頷いている。
「なるほどね、遮っちゃってごめん。じゃあ続きを聞かせて」
「うん、えーと……歓喜したんだけど、食べるのはあとにしようってことになったのね。それで、衣装に着替えて体育館のステージで練習を始めたの。それから、キリのいいところでやめて、私と清美と藍でまた休憩室に入ったの。明里は演技に納得のいかないところがあるらしくて、ずっとステージで自主練習してたわ。意外とストイックでしょ」
「あはは、うちめっちゃ偉くない?」と明里ちゃんがへらへらと笑う。
「その時に私と清美はマカロンを一つずつ食べてるの。その後、練習に戻った私たちと入れ違いで明里が休憩室に入ったんだけど、明里もそのタイミングでマカロンを食べたんだよね?」
「うん、食べたよー。もちろん、ちゃんと一つ残してね」
京香ちゃんが頷く。
「うんうん、じゃあ、ここまでは辻褄が合ってるよね。それからステージに戻ってきた明里を含めて全員で通し練習を始めたんだけど、私が小道具を忘れちゃって、一度休憩室に取りに戻ったの。でも、急いでたからその時お皿にマカロンがあったかは見てないよ。それで、通し練習が終わった後、真っ先に休憩室に入った清美の悲鳴を聞いて私たちが駆けつけると、そこには空のお皿が! ……で、急いで着替えだけ済ませてから私がみんなを引き連れて探偵部に直行したってわけ」
「悲鳴なんてあげてないだろ。変な脚色はやめろ」
清美ちゃんが呆れた顔で京香ちゃんの腿を小突く。
「外部からの犯行の可能性はないのかしら?」
少し首を傾げ、姫乃ちゃんが質問をした。
「ないね。あなたたちは一年生だから見たことないかもしれないけど、休憩室は体育館の中にあるの。だから休憩室の入口はステージ上から丸見え。私たち以外の人間が出入りすればすぐにわかるよ。それに今日は私たちしか体育館を使ってなくて、休憩室どころか体育館に入って来た人は誰もいなかった」
「そっかぁ、じゃあ確かに演劇部の誰かが犯人ってことになりそうだけど……」
亜希ちゃんはメモ帳を眺めながら、うーんと唸る。
「ふふっ、馬鹿馬鹿しいだろ? これくらいのことで怒ったりしないから早く名乗り出ればいいのに」
清美ちゃんがそう言って明里ちゃんの方を向いた。
「ええっ、清美、うちのこと疑ってんの!? あははっ、ショックなんだけど」
全然ショックを受けてなさそうに爆笑している。
「でもさ、正直一番犯人っぽいのって京香でしょ、あんた甘いものには目がないじゃん」
明里ちゃんに言われ、「確かに、誰よりも甘いものを愛してるというのは否定できないね」と彼女は笑う。
「にしても、私らはマカロンを一つ食べてるわけだからいいけどさ、一番かわいそうなのは差し入れを食べられない藍だよね。……そうだ、犯人は罰として藍に何か奢ることにしようよ!」
京香ちゃんはこの場の雰囲気を楽しむようにそう提案する。事件ごとが大好きな亜希ちゃんと似た気があるのかもしれない。
清美ちゃんと明里ちゃんが彼女の提案に賛成する中、藍ちゃんは「そんなのいいよ」と困ったような顔で笑っている。
私は演劇部の緩いやり取りに相槌を打ちながら、頭の中で事件の内容を整理していた。
この事件、犯人はマカロンを一個多く食べただけという、字面だけを見ればなんとも馬鹿馬鹿しい内容ではあるが、意外と骨のある事件な気がする。というのも、藍ちゃん以外、全員犯行が可能だからだ。
マカロンの最終目撃者の明里ちゃん。
途中、休憩室に戻った京香ちゃん。
第一発見者の清美ちゃん。
他の探偵部もそれに気づいているのだろう、難しい顔をしている。
そもそも、まともに犯人を推理するという事件自体が探偵部にとって初めてなのだ。姫乃ちゃんのラブレターの事件は私が犯人だし、前回のカンニングの事件だって、最初から犯人はわかっていた。
逆を言えば、ようやく探偵部らしい仕事であり、腕の見せ所なのかもしれない。
「どうする?」と亜希ちゃんに方針を問いかけると、こちらを振り向きニヤッと笑う。推理のしがいのある事件だからか、探偵さんは実に楽しそうだ。
「とりあえず、現場に行ってみよう。実際に見てわかることもたくさんあるからね!」
亜希ちゃんの言葉に皆が頷き、席を立つ。
「とりあえず行動」が探偵部のモットーになりつつあるなぁと思う。
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