第三章 消えたマカロン
演劇部の依頼
南条君に申請書を渡してから一週間も経たずして、探偵部は正式に部活動として承認されることとなった。ふざけた部活動と一蹴され、申請自体が通らないなんて事態も想定していたが杞憂だったようだ。案外、うちの学校のお偉方は寛容なのかもしれない。
無断で使用していた空き教室もこれで正式に部室となり、部屋の前には「探偵部」の表札がかけられた。
あまり普段使われていない棟のさらに奥にある部屋の表札など誰が目にするのかと思ったが、その目立たなさが探偵部らしくて良い、と亜希ちゃんに言われ妙に納得してしまった。「探偵」に対するロマンは亜希ちゃん同様、私も持ち合わせているのだ。
部室の奥にある少しさび付いた窓の取手に手をかけ、力を入れた。ガラガラと重たい音を立てながらも窓が無事に開き、安堵する。
すっかり消えた夏の蒸し暑さに代わり、鼻を通る涼しい風が部屋の中に流れ込んできた。
「素敵な部室ね。奥にソファがあって、なんだか校長室みたい」
私の後ろで、鈴川先生が穏やかな口調で話す。新米先生なので、この部屋を訪れたのも初めてらしい。
「家具が多くて掃除が大変ですけどね」
そう言いながら、雑巾で窓の淵をなぞる。一辺を拭いただけでまとまった埃の塊が雑巾に付着したので、思わず「おおっ」と声を漏らす。
少し埃っぽいとは思っていたけれど、こんなにも汚れていたのか。
今日、姫乃ちゃんから「正式に私たちの部室になったのだから一度掃除をしましょう」と提案されなければ、きっと私と亜希ちゃんはそのまま使い続けていただろう。外面だけでなく、中身の品性も彼女とは差があるようだ。
ちらりと横を見ると、ご機嫌な様子で椅子に上りながら棚の上を拭いている姫乃ちゃんが視界に入る。初めのころはずっと無表情に見えた彼女の顔も、今では多少の感情は読み取れるようになった気がする。
いや、姫乃ちゃんが私たちに対して気を許しているだけだろうか。
「鈴ちゃん、家具の配置とかも自由に変えていいの?」
積み上げられたパイプ椅子を雑巾で一つ一つ拭いている亜希ちゃんが言う。いくら若い先生だからといって、その呼び方は馴れ馴れしすぎやしないかと思ったが、呼ばれている本人はいたって気にしてなさそうなので、私は咎めていない。
「うーん、たぶんいいと思うけど……」
鈴川先生はそんな曖昧な返事をする。いつものことだ。新米先生なので仕方がない。
「鈴川先生って、どうして顧問になってくれたんですか?」
窓を拭きながら、何気なく問いかける。
鈴川先生が「えっ」とあからさまに同様した声が聞こえたので、思わず振り返った。
「べ、別に、理由とかは……」
何かをはぐらかそうとしている先生。そこに姫乃ちゃんが口をはさむ。
「私、握ってるのよ、弱み」
これには亜希ちゃんも振り返る。
「なになに? 弱みって?」
亜希ちゃんが食いつくのを見て、鈴川先生は「ちょっと、桜木さんっ!」と慌てて止める。
「ふふ、これは秘密だから言えないわ。でも、別に大したことじゃないわよ」
もてあそぶように姫乃ちゃんがほほ笑む。
「ええー、教えてよー。鈴ちゃん何したのー?」
「わ、私これから会議があるんだった! じゃあ、あんまり部活には顔を出せないと思うけど、なにかあったら言ってね!」
先生は早口でそう言うと、亜希ちゃんの追跡から逃れるように足早に部室から去っていった。
非常に気になる話題を残していったが、姫乃ちゃんが口を割らない以上、私も亜希ちゃんも諦めるしかない。
恋人である私にも教えられないことなのだろうか。
掃除が終わり、みんなでテーブルを囲んで新作映画の話なんかで盛り上がっていると、ドアをノックする音が聞こえた。
ガチャリとドアが開くと、見知らぬ顔のポニーテールの女子が慎重に顔をのぞかせる。
「失礼しまーす……ここ、探偵部さん?」
ドアの一番近くに座っていた私を見ながら、彼女はニコッと笑って尋ねる。
「は、はい」
私が頷くと、「ねえ、すごいよ、本当に探偵の事務所みたいだよ」と後ろを振り返って誰かと話す。
「どうぞー、入っていいですよー」
亜希ちゃんが苦笑いをしながら呼びかけると、遠慮がちに四人の女子が部屋に入ってきた。うち一人は膝下まで伸びる黒いコートと黒いズボンという恰好であり、どう見ても学校指定の制服ではない。
「どういうご用件でしょうか」
亜希ちゃんがそれっぽく尋ねる。
「ついさっきね、事件が起きたの」
私と姫乃ちゃんが並べたパイプ椅子に腰を下ろしながら、先ほどのポニーテールの子が言った。
「依頼ですか?」
前のめりになりながら、亜希ちゃんが訊く。
「そうなの。解決してほしいんだけど、頼めるかな?」
「もちろんっ!」
屈託のない笑顔で、亜希ちゃんは元気よく了承する。その食いつきに驚いたのか、四人の体が若干引いたのが見えた。
「あっ、私、鷲羽亜希ね。探偵部の部長よ。あー、名刺とか作っておけばよかったなぁ」
思い出したかのように亜希ちゃんが自己紹介を始めたので、私と姫乃ちゃんも続いて名乗る。
依頼者側は、亜希ちゃんと同じようにニコニコ笑っているポニーテールの子が口火を切った。
「私たちは演劇部の二年生でね、私が
彼女は言い終えると、次をせかすように横を見る。
「……
セミロングの彼女は、きりっとした賢そうな顔立ちだ。
亜希ちゃんは「全然!」といって首を横に振る。
「じゃあ次はうちかぁ。
黒コートを着た茶髪ボブの彼女は、足を組みながら軽い口調で話す。いわゆるギャルっぽい感じの適当さが言動から溢れ出ている。
「じゃあ、次は……」
亜希ちゃんに顔を向けられ、残りの一人が口を開く。
「ええっと、し、
ショートヘアの彼女は、目線を下に向けながら、顔を赤くしている。きっと、あがり症なのだろう。私もこういう場では問題ないが、クラス内での発表などは過度に緊張してしまうので、気持ちはわかる。
「全然タメ口でいいし、名前で呼んでいいからね!」
京香ちゃんが言うと、「おっけー、おっけー」と亜希ちゃんが返事をする。亜希ちゃんはそんな配慮の言葉を受けずとも誰彼かまわずタメ口だろう。
「失礼ですけど、演劇部なんてあったんですね。知らなかったなぁ」
私が言うと、京香ちゃんは苦笑いをする。
「知らないのも無理ないよ、部員が私たち4人だけだからね……。来年は勧誘頑張らないと存続きついかもなぁ、あはは……」
結構切羽詰まっているようで、部長の清美ちゃんが深刻そうな顔つきになったのがわかった。申し訳なく思い、言わなければよかったと後悔する。
もしかすると探偵部の来年の姿なのかもしれない。創部したばかりなのに、そんなことを思ってしまった。
私のせいで若干重たくなった空気感などいざ知らず、亜希ちゃんは「演劇部って何するの?」と単純な興味から質問をし、会話を膨らませていく。そのおかげで次第に京香ちゃんや清美ちゃんの表情も元に戻ってくれたので安堵する。
こういう時の亜希ちゃんのムードメーカー的な力は頼りになる。本人は無自覚だと思うけど。
しばらく他愛のない会話をしていると姫乃ちゃんから「本題はいいの?」と言われ、亜希ちゃんが、そうだったと笑う。
こほん、と咳ばらいをした亜希ちゃんは「じゃあ、何があったのか教えてもらおうかな」と期待のこもった口調で言った。
しかし、その期待が空ぶっているかのように、演劇部のみんなは顔を見合わせ決まりの悪そうな笑みを見せる。若干の躊躇いを見せつつ、京香ちゃんが話し始めた。
「最後のマカロンを食べた犯人を見つけてほしいの」
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