夏休み明けの真相


 夏休み直前で舞い込んできた事件は結局真相までには至らず、長い夏休みとともにこのまま私たちの意識から薄れていくのだろうと、そう思っていた。

 実際、夏休みが終わるまでは事件に関する音沙汰は何もなかったのだが、夏休みが明けて最初の授業日、南条君から真相を聞かされることになる。

 

 探偵部の部室……になる予定の空き教室でテーブルをはさんで座る私と姫乃ちゃん。奥のソファに腰掛ける亜希ちゃん。

 ドアを開けて入ってきた南条君が部屋を見回し、「よし、全員いるな」とドア前に置かれた椅子の上にカバンをおろす。


「なんで招集をかけたあんたが一番遅いのよ。っていうか、この部屋使っていいの? 以前あんたに追い出されたはずなんだけど」


 さっそく足を組みながら、亜希ちゃんがねちねちと言葉を詰める。


「悪い、人に聞かれたくない話をするにはこの部屋が一番都合がよかったんだ」


 説明する南条君。

 「ということは、あの事件についてね」と姫乃ちゃんが言う。


 南条君は首を縦に振った後、「今朝、風間と瓦田から話が合ったんだ」と話し始めたので、私たちは身を入れて耳を傾ける。


「自白したよ、カンニングしたってさ。まあ、概ね桜木の推理どおりだったよ。瓦田はほとんどの教科は学年トップクラスにできるけど世界史が大の苦手で赤点も下回るくらいらしい。風間はその逆で世界史だけは得意だそうだ」


 カンニングの提案は風間君からだったらしい。何気ない会話の中で世界史が苦手だということを瓦田君が話したところ、カンニングの提案をしてきたのだという。瓦田君は最初は断ったそうだが風間君に強く押され、それを呑んだそうだ。


 南条君がそこまで話したところで亜希ちゃんが口をはさむ。


「ちょっと待って、なんで風間君は自分にとって得にならないような提案をしたのよ」


「ったく、せっかちだな。それも今から説明するって」


 亜希ちゃんを呆れた目で見た後、南条君は話を続けた。


「前に瓦田に直談判しに行った時のこと覚えてるか? あのとき、上級生に交じって練習してただろ。あれはやっぱり、それだけ瓦田が一年の中では飛びぬけて上手いかららしい。まあ、サッカー部の期待の新人ってわけだ。今後サッカー部にとって瓦田の力は必要不可欠になるって風間から熱弁されたよ」


 でも、サッカー部には厳しいルールがある。赤点を取ったら補習が終わるまで部活に参加できないというルール。当然、瓦田君が世界史で赤点を取った場合、練習に参加できない期間ができることになる。

 才能を持った部員が練習を制限されるということが風間君は納得できなかったらしい。だから瓦田君が練習に参加できるようにカンニング行為を画策した、というのがこの事件の真相のようだ。


 なるほど、確かにチームの勝利を考えれば合理性に欠けるルールではあるのだろう。

 やったことはもちろん悪いことなのだが、チームのため瓦田君のために自分のリスクすら厭わなかった風間君は意外と芯があるんだなと、私は少し感心してしまった。


「もうしないので先生には言わないでください、だとよ」と南条君は言葉を締める。


 探偵部の三人で顔を見合わせ、少しの沈黙。

「私たちに言われてもね」と亜希ちゃんが言い、三人でフフッと笑う。


「私たち、この事件の当事者でもないし。……あんたが決めなよ」


 亜希ちゃんは片手で頬杖を突きながら南条君に言う。

 

 彼は眼鏡を中指でくいっと上げると、若干の笑みを浮かべた。


「俺も別に告発するつもりはない。しっかりと反省していたしな。……それに、風間の考えにも少し納得しちまったよ。やり方は悪かったがな」


 南条君の意向を聞いて、「ふーん、あっそ」と亜希ちゃんは冷めた反応をするので代わりに私がうんうんと頷いた。



 こうして、夏休みを挟んだこの事件は落着する。真相を解明できなかったとはいえ、結果的に犯人が自白したのは探偵部の活躍といえるのではないだろうか。


 「今度は殺人事件級の大きなネタ持ってきなさいよ」と亜希ちゃんが南条君に言う。

 そんなことが校内で起きたら、おちおち部活動なんてやっている場合ではないだろうに。


 「はいはい、まずは正式に部活動として認められてからな」


 南条君はあしらうようにそう言うと、部屋のドアを開ける。


 「じゃあ、用も済んだし部屋から出て。ここはお前らの部室じゃないんだから」


 自分から召集させたくせに、少しの手心もないようだ。彼にそんなものを期待する方が間違っているのかもしれない。

 そう思っていると、「そのことについてなんだけど」と姫乃ちゃんが言葉を返す。


「顧問の件、許可が出たわよ。鈴川すずかわ先生」


 それを聞いて驚く。

 「うちのクラスの担任じゃん」と思わず口が出る。


「新米先生なのによくこんな得体のしれない部の顧問なんて引き受けるな」


 南条君も驚き呆れたような顔をしている。


「こんな部とは何よ。……鈴川先生って、あの若い女の先生でしょ? いいじゃんいいじゃん、私の秘書にしようかなぁ」


 亜希ちゃんは冗談のつもりで言っているのだろうが、鈴川先生は頼めば本当にやってくれそうな人だ。良く言えば優しい、悪く言えば気の弱い先生だった。その性格に付け込んで顧問になってくれるよう頼み込んだのだろうか、と脳裏によぎったが、姫乃ちゃんがそんなことをするようにも思えない。


 姫乃ちゃんが鈴川先生から自署してもらった申請書を南条君に渡す。

 睨むように目を通した彼は、「わかった。部活動の申請、通してみるよ」と悔しそうに言うのだった。










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