調査報告会
姫乃ちゃんから提案があった。
夏休み、探偵部と南条君で手分けして全科目分の赤点者補習に参加しようというものだ。その目的は「世界史以外での不正行為は行われていたのか」ということを確認することであり、どうも姫乃ちゃんの心中で気になることがあるらしい。
私と亜希ちゃんは賛成したが、南条君は渋った。そんなことを確認して何の意味があるのか、という意見だった。
でも、私たちが南条君抜きで話を進めようとすると、仕方なさげに協力を表明してくるのだ。心は決まっていたくせに文句ばかり言うのはなぜだろう。押したらネチネチと反発するのに、引いたら簡単に転がるような人間だ。
話し合いの結果、私は数学と物理の補習に参加することになった。
赤点ではない人が補習に参加できるかを担当の先生に尋ねると、なんて真面目なんだと感心されたのはなんとなく心苦しい。
七月の最終日。予定通り最後の教科の補習が終わったと亜希ちゃんから連絡を受け、私たちは結果報告をするために学校近くの公園に集まることにした。
公園内に設置された屋根付き休憩所の中。
私はテーブルを挟んで対面に座っている亜希ちゃんを怪訝な顔で見ていた。
「――ねえ、亜希ちゃん。ソフトクリーム、溶けてるよ」
「いいのいいの、私はそういうの気にしないから」
そう言って彼女は、公園内にあるキッチンカーで買ってきたソフトクリームをゆっくりと舐める。
「あー、手にも垂れてる……」
私がまた小言を漏らすと「噴水で洗えばいいでしょ」と、面倒くさそうにあしらわれた。そういう問題ではないだろうと思いながら、休憩所のそばにある大きな噴水を見る。吹き出た水がミストとなって私のすぐ足元のコンクリート地面を濡らしていた。
亜希ちゃんの雑さに眉をひそめるていると、「いいわね。この集合場所」と私の隣に座っている姫乃ちゃんが言う。
「ふふーん、そうでしょ」
集合場所を決めた本人である亜希ちゃんが得意げに鼻を鳴らした。
「噴水が近くにあるから涼しいわ」
姫乃ちゃんは涼やかな顔でそう言うが、真夏日の今日、噴水から感じる清涼感なんて気休めにしかならないと思える。
亜希ちゃんが褒められたことが納得いかず、私は愚痴をこぼす。
「でも、こんな日に外って……。なんで喫茶店とかにしなかったのさ」
至極真っ当な意見を言ったはずの私に、なぜか亜希ちゃんは呆れたようなため息と目線を浴びせてくる。
「あの眼鏡が恥ずかしがるでしょ、女子三人とお店に入るなんて」
亜希ちゃんはそう言うと、何に怒っているのかチッと舌を鳴らした。
姫乃ちゃんも「南条君への気遣いよね」とほほ笑む。
確かに、さんざん不満を漏らし心底嫌そうな顔で入店する南条君が容易に想像できる。二人の言う通り、あまり人目に付かない公園の休憩所はなかなかベストな場所なのかもしれない。
「まあ、みみ子と同じで、あいつはきっとそんな気遣いわかんないだろうけどね」
「もう、わかったから」
勘弁してほしくて私が困った顔をすると、「冗談だよ」と笑われた。
その後、集合時間から二十分遅れで南条君が到着した。
礼儀のない性格に則り、詫びることもなく堂々とした態度で現れたのはさすがといえる。
そして、彼の第一声が「なんで外なの?」だったため、私たちは盛大に吹き出すことになり、遅刻したことへの不満など吹き飛んでしまった。
今回の結果報告で得られたのは、なんとも違和感の残る事実だった。
全員の報告を照合すると、どうやら風間君は世界史以外のすべての教科の補修に参加しているということが分かったのだ。つまり、風間君は世界史を除くすべての教科で赤点を取ったということになる。
この結果を受けて、姫乃ちゃんはやはりという顔で「おかしくないかしら、世界史だけをカンニングするのは」と言う。
しかし、彼女の感じている疑問を私たち三人はまだ明確に飲み込めないでいた。それを代表するかのように南条君が口を開く。
「そりゃあ確かに世界史だけカンニングしてなんのメリットがあるのかっていう話だが、そんなの犯行時の状況次第だろ。他の教科ではテスト用紙を取り換えるタイミングがなかったっていう単純な理由で片付くぜ」
「そう? 取り換えるだけよ。現に試験監督の先生の目からは死角になっていたのよね? それに、状況次第というのならなおさらよ。世界史のテストで交換した時は南条君がトイレに行っていたんでしょう? 南条君がいつトイレから戻ってくるかもわからない、そんなリスクのあるときに実行したのに他教科ではできなかったなんてことがあるかしら?」
姫乃ちゃんの言い分は、確かにこの事件の不可解な点であり、私たちも頷くしかなかった。
「とすると、もともとカンニングは世界史のテストだけのつもりだったってことか」
亜希ちゃんが言い、「なんのために……?」と私がつぶやく。
その回答も姫乃ちゃんは用意していた。
「あくまで予想だけれど、カンニングで利益を得ていたのは瓦田君の方だったんじゃないかしら。……答えを教える側は瓦田君ではなく風間君だった、とか」
「ええ? どういうこと?」
風間君が教える側?
突拍子のない推理に理解が追い付かず、姫乃ちゃんに詳しい説明を求める。
「つまり、カンニングによって赤点を回避したのは瓦田君だったかもしれないということよ。瓦田君は優等生で風間君は勉強が苦手という先入観にとらわれすぎていたけれど、世界史に限ればもしかすると風間君の方が得意だという可能性もあるわよね。ひと教科だけのハイリスクでローリターンに思えるカンニングも、瓦田君が唯一の苦手教科である世界史の赤点を回避するために画策したものだと考えると、途端に意味のあるものになるわ」
「そんな……じゃあ、まさかああ見えて瓦田君が風間君を脅してたとか?」
困惑する私の顔を見ながら姫乃ちゃんはクスリと笑う。
「さあ、そこまではなんとも」
それ以上の推理は誰の口からも出ず、その日は解散となった。
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