犯人と直談判
立っているだけで頬に汗が流れるほどの炎天下。こんな日にグラウンドで激しく体を動かすなんてどんな拷問だろうと運動部の屈強な男子たちを見て思う。
「あっついねー……で、風間君と瓦田君はどこ?」
彼らの顔を知らない亜希ちゃんは私たちに訊く。
「あの筋トレしてる中にいると思うんだけど……」
私はそう言って、グラウンド内の芝生になっている一角を指差す。そこではサッカー部の一年生と思われる十数人の男子たちが腕立て伏せをしていた。
しばらく目を凝らしてから南条君と私が呟く。
「いないな……」
「いないね……」
その男子の中に彼らは見当たらなかった。
首を傾げていると、姫乃ちゃんが「あれじゃないかしら」とグラウンドのもっと中央の方を指差す。
目を向けると、パスの練習だろうか、上級生とペアになり交互にボールを蹴っている瓦田君が見えた。
「すごいな、即戦力ってことか」
南条君が感心して腕を組む。
上級生に混じって練習しているということは、それだけ瓦田君にサッカーの才があるということなのだろうか。瓦田君の華奢な体と、たれ目のおっとりとした風貌とはかなりのギャップを感じる。
上級生のサッカー部員と一緒に瓦田君が休憩に入ったタイミングで、私たちは声をかけることにした。
「瓦田君、少し話があるんだけど、いいかな?」
先輩の輪から少し離れたところで腰を下ろしていた瓦田君に亜希ちゃんが話しかける。
「え……うん?」
彼は後ろにいる私たちも視界に入れつつ、動揺した様子で立ち上がった。
人に聞かれていい話ではないので、ちょうどサッカー部の一年生がいなくなったグラウンドの隅の方へ移動する。
「な、なにかな、話って」
瓦田君は緊張している様子で私たちを見る。
「こいつが話したいことがあるんだって」
亜希ちゃんはそう言って、南条君の背中をバンっと叩く。
その衝撃で一歩前に出た南条君はすぐに亜希ちゃんの方に振り向き、「はぁっ!?」と怒りの声を出す。
「俺はただついてきただけでっ……!」
南条君はそう言って心底嫌そうに眉間に皺を寄せるが、亜希ちゃんは黙ったまま顎をしゃくって、早くしろと合図する。
こいつは折れないとみた南条君は細い目をさらに細め、亜希ちゃんをキッと睨みつけた後、しぶしぶ瓦田君の方へ向き直る。
「えーとだな、期末テストのことについてなんだけど……」
その言い出しに瓦田君がびくっと体を震わせたのは、皆が感じ取っただろう。南条君はそんな彼を見つめ、覚悟を決めたように一度息を吐く。
「なあ、瓦田。お前、風間とカンニングしてただろ」
決して責める感じではなく、真摯になって問いただすような口調で言い切る。きっとそれは南条君にとっての最大の配慮だっただろう。
しかし、悪事を暴かれた瓦田君にとってそんな配慮は意味をなさず、彼の顔はみるみる青ざめ、南条君からそらした目がきょろきょろと泳いでいる。
「な、なんのこと?」
しらを切る瓦田君に、南条君は呆れたような哀れむような視線を送り、言葉を続ける。
「別に、先生に言うつもりはない。ただ、やめてほしいということだけは伝えておきたいんだ」
「や、やってないって」
「まあ、そう言うだろうな。……風間に脅されてやらされたのか? もしそうなら、俺も何か助けになるぞ」
瓦田君は驚いたようにハッと顔を上げると、困惑と怒りが混じったような表情になる。
「やってないって言ってるだろ!」
彼に似合わない、強い口調だった。
「あ、ああ、わかった。これ以上は何も言わないよ。すまなかったな」
怯んだ南条君がさっと話を切り上げる。
その時、少し離れた場所でサッカー部顧問の野太い声が聞こえた。
「瓦田ぁーーー! 早く来いっ!」
瓦田君は切羽詰まったような顔をして私たちを睨むと、そのまま顧問の方へ駆けていった。
「……はあ、やっぱりこうなるじゃないか。だから嫌だったんだよ」
南条君が亜希ちゃんに向けて愚痴をこぼす。
瓦田君がカンニングについて白状するとか、風間君に脅されていることを告白するとか、そんな成果が得られれば一番良かったのだけど、結局、抑止力を与えただけという最小限の成果で終わってしまった。
「いいじゃない、これでやめてくれるかもしれないんだから。何もせず見過ごすより気分はいいでしょ」
亜希ちゃんはそう言うが、今後クラス内で瓦田君と接しづらくなることを考えると一概にそうともいえない気がして私は苦笑いを浮かべる。
「じゃあ、次は風間君ね」
「おい、風間にも話す気か?」
「当然じゃない。もし風間君が瓦田君を脅してるなら、主犯格である彼にも言わないと」
「勘弁してくれ、これ以上は無理だ。別に風間や瓦田と仲がいいわけじゃないが、クラスメイトとの関係を悪化させたくはない」
南条君が必死に訴える。
「そうだね、私もこれ以上はちょっと……」
私も同じような理由で賛同する。クラスの中心的存在である風間君といざこざが発生するのは怖かった。正直、大人しい瓦田君だからこそ強気に出れたという格好悪い気持ちがあったことも確かだ。
「ちぇ、まあ、依頼人の要望なら仕方ないわね」
亜希ちゃんは口を尖らせ残念そうに言う。
「お前、俺を無理やり依頼人にして、事件に首突っ込みたいだけだろ」
南条君の言葉に亜希ちゃんはプイッと顔をそらす。
図星のようだ。
そんなやりとりの中、ずっと黙っていた姫乃ちゃんが口を開いた。
「……思い過ごしかもしれないけれど、風間君がここにいないことがどうしても気になるわ。話はしないにしても居場所くらいは訊いておきましょう」
「おっ、何か姫乃ちゃんのセンサーに引っ掛かった? いいねいいねっ」
亜希ちゃんが嬉しそうな笑みを見せ、私と南条君もそれくらいなら、と了承する。
姫乃ちゃんはさっそく休憩に入った一年生のサッカー部員を適当に捕まえると、風間君の所在を訊いた。
「風間か、あいつはテストで赤点取ったからな。うちのサッカー部は顧問が厳しいから、一つでも赤点の科目があると夏休みの赤点者補習が終わるまで部活に来れないんだよ」
「じゃあ二週間くらいは参加できないのね。……ちなみに何の教科が赤点だったかわかるかしら?」
「さあ、そこまでは知らないな」
「そう、わかったわ。ありがとう」
姫乃ちゃんが礼を言って彼を帰すと、亜希ちゃんが乾いた笑いを出す。
「なーんだ、結局赤点取ってるんじゃん。さすがに全教科をカンニングするのは無理だったってこと?」
「ふん、そりゃそうだろうな。全教科だなんて通るわけがない、そんなズル。これじゃあ、中途半端にカンニングに付き合わされた瓦田も哀れだな」
南条君もいい気味だと言わんばかりに冷たく笑う。
「南条君、確認するけれど、目撃したのは世界史のテストだけで合ってるわよね?」
姫乃ちゃんの問いかけに、「ああ」と答えが返る。
何か引っかかることでもあるのか、彼女は曲げた人差し指を下顎につけ、目を閉じる。その仕草はより一層、彼女の聡明な顔立ちを際立たせた。
「姫乃ちゃん」
彼女だけが考えに耽るのもつまらなくて、私はつい声をかける。
目を開けた姫乃ちゃんは私を見ると、ふっと微笑み、言うのだった。
「もう一つ、確認しないといけないわね」
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