カンニング事件発覚
「あることにはあるって、どういうこと?」
亜希ちゃんが食いつく。
南条君は自分から言い出したくせに、話すのを渋るような険しい顔をする。
「なにかあったの……?」
そう尋ねる私の顔を見て、南条君は「誰にも言うなよ」という前置き付きで重たい口を開いた。
「この前、期末テストがあっただろ」
私たちは顔を見合わせる。
確かに、つい一週間ほど前に一学期の期末テストがあった。ちょうど昨日あたりからテストの返却も始まっている。
また少し言い渋る間を置いてから、南条君は話を続けた。
「見たんだよ、……カンニングしてるところ」
「えっ、カンニング?」
亜希ちゃんが口をはさむ。
「そう、カンニングしている現場を目撃してしまったんだ。あれは見間違いなんかじゃない」
「それって、1組の生徒だよね……?」
私も思わず訊く。クラスメイトにカンニングをするような人がいるのだろうか。
「ああ……風間と、
その名前を聞き、私は脳内で二人の顔を思い浮かべる。
風間君は以前、私が姫乃ちゃんに宛てて書いたラブレターを教室内で読み上げた人物だ。おそらく他クラスにまで名が知れ渡るほどのお調子者であり、ラブレターの件といい、少々度が過ぎるところがある。私のような地味な女子にとっては当然苦手とする存在である。
意外なのは、もう一人の瓦田君だ。彼は寡黙なタイプの男子で、私が知る限り成績優秀な人である。とてもカンニングするような人物には思えなかった。
南条君は当時の状況を詳しく話し始める。
「世界史のテストのとき俺は腹の調子が悪くて、先生の許可をもらってトイレに立ったんだ。そして、用を済ませ教室に戻った時に見てしまったんだよ、風間と瓦田がテスト用紙を交換してるところを。あいつら一番後ろの席だから、あれじゃあ試験監督の先生もわからないだろうな……」
「なるほど、テスト用紙の交換は完全に不正行為だね」
そう言って亜希ちゃんは腕を組んだ。
南条君は私と姫乃ちゃんをちらりと見る。
「お前らも知ってると思うけど、瓦田は頭が良い。中間テストの成績優秀者の中に名前が載るほどだ。それでいて、おとなしいやつでもある。……そして、言っちゃ悪いが風間は馬鹿で乱暴だ。きっと、瓦田は風間に言われて無理やりカンニングに協力させられたんだろうな」
南条君は深いため息をつく。
確かに、そう考えるのが自然かもしれない。成績優秀な人はわざわざカンニングなんてする必要はないだろう。風間君に脅されたとか、もしくは何か対価をもらったとか、きっとそんな背景があるはずだ。二人の性格上、やはり南条君の考えが当たっている気がする。
私は同意の相槌を打つが、亜希ちゃんはあまり納得していない表情だった。
「あのさ、私は別のクラスだからわかんないけど、瓦田って人は本当に頭が良いの? その中間テストのときだってカンニングしたから点数がよかっただけじゃない?」
この亜希ちゃんの疑問に南条君はすぐに反論する。
「それはない。俺は瓦田と小学校、中学校も同じだったんだ。やつとはあまり接点はなかったが、頭が良いのは昔から変わらねえよ」
「ふーん、理解したわ」
先ほどできた軋轢のせいか、互いに少し冷めた態度だ。
「……うーん、せっかくの事件だけど、これはちょっと探偵部の出る幕じゃないかもね。こういうことは先生に言わないと」
亜希ちゃんが残念そうに言うので、私は内心驚く。
てっきり、転がっている事件は全て自分のものにするのだと思っていたが、案外まともなところもあるようだ。
「待て待て、証拠がないんだ。先生に言ったところでどうにかなる問題じゃない」
南条君は慌てて亜希ちゃんの意見に反対する。
学校内で起こる大抵のことは先生に言えば解決すると思っていた私は「そうなの?」と疑問の言葉を出した。
「ああ。おそらく先生も証拠がない以上は風間と瓦田に対して『カンニングしましたか?』なんて訊けないだろ。仮に訊いたとして、しらを切られるのなんてわかりきってるさ。まあ、せいぜい次の試験から注意深く監視するくらいの対応だろうな」
南条君の意見に納得しつつ、一つの疑問がまた浮かんだが、それは亜希ちゃんが言ってくれた。
「はあ、あんたさあ、どうして現行犯で言わなかったのよ。その時に報告していれば済んだ話じゃない」
「バカ、その時はいろんな考えがよぎったんだよ。本当にカンニングしてるのか、とか。第一な、カンニングを報告した場合、風間と瓦田は最悪停学になる可能性だってある。そうなったら俺が恨まれるかもしれないんだぞ。とっさにはできないだろ……!」
なるほど、南条君の言い分はもっともかもしれない。私が同じ立場でもおそらく同じ思考になり、思いとどまると思う。
でも、さっき私たちを空き教室から追い出したときのように、彼の気の強さの根源が「正義」なのだとすれば、案外いざとなれば臆病で底が知れているのではないかと思ってしまった。それを口に出してしまえば、カンニングの件がそっちのけになるほどのいざこざが発生するのは目に見えているので、私は爆弾を静かに飲み込む。
「まあいいわ。先生には言わないことにするわよ。探偵部たるもの依頼人の要望には従わないとだし」
亜希ちゃんが仕方なさそうに鼻で息をつくと、「いつ俺が依頼したんだよ」と南条君が不服そうに言う。
「じゃあ、私たちで解決するってこと?」
そう訊くと、亜希ちゃんは自身気に頷いた。
「やっぱり、手っ取り早いのは本人への直談判よね。瓦田君はどこにいるかわかる?」
「瓦田も風間もサッカー部だからグラウンドだと思うけど……。マジで本人に訊くのかよ。絶対しらを切られるだけだぜ」
「いいのよ、カンニングがバレてることを本人に知らせるだけでも強力な抑止力になるんだから。もちろん、犯行を認めて悔い改めてもらえるのが一番いいんだけどね」
南条君は顔をしかめる。おそらく、変なトラブルになることを危惧しているのだろう。私も正直憂いはあるが、亜希ちゃんに従う気は十分にあった。というのも、仮に瓦田君が風間君に脅されているなんてことがあれば、これはもう「いじめ」の事案ともいえる。そうなれば、いよいよ探偵部の出る幕ではなく、先生に報告しなければならないだろう。その可能性を秘めている以上、無視はできない気がしたのだ。
「今から行くのか? 俺は別に……」
「嫌ならついてこなくていいよ。ここで大人しく待ってたら?」
「……ちっ、行くよ」
亜希ちゃんの言葉に煽られ、しぶしぶといった様子で眼鏡を指で上げる。彼にも正義のプライドが残っているらしい。
私は姫乃ちゃんと顔を見合わせ、クスッと笑う。
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