第二章 カンニング事件
生徒会の勧告
桜木姫乃が恋人になってから二週間が経った。
一目ぼれした高嶺の花と付き合っているという実感が湧くはずもなく、私は夢でも見ているのではないかという浮かれた調子で過ごしている。
実際のところ、桜木姫乃の宣言通り恋人らしいことは一切しておらず、変わったことといえば昼食を一緒に食べるようになったことと、私が彼女のことを「姫乃ちゃん」と名前で呼ぶようになったことくらいだ。第一段階の友達同士でするようなことを、私たちは恋人になってからようやく始めている。しかし、傍からすれば私と姫乃ちゃんが仲良くしているという状況すら意外過ぎるらしく、クラスの女子から「小松さんと桜木さんって仲いいの?」なんていう無意味に思える質問も何度か受けた。
友達と思われる分には何も問題はない。むしろ付き合っていることがバレてしまえば、これはもう大騒ぎになるだろう。噂は瞬く間に学校中に広がり、私の高校生活はそこで終了。姫乃ちゃんにも多大な迷惑が掛かるはずだ。なので、間違っても恋人同士だと疑われるような行為を亜希ちゃんを含め学内の人間に見せてはいけない。もっとも、そんな行為は私も姫乃ちゃんも苦手とするところである。
そんな秘密を抱え、私の高校生活は夏真っ盛りに突入した。
もうじき夏休みが始まる、7月中旬。
蝉の鳴き声がうるさく聞こえる放課後、私は姫乃ちゃんを連れて探偵部の部室のドアを開けた。
「亜希ちゃん、お疲れー」
「よっ、みみ子! 最近来るの早いねー……って、姫乃ちゃんもいる!」
部屋の奥のソファに腰掛けていた亜希ちゃんは、私の後ろにいる姫乃ちゃんを視界に入れるなり、犬のように駆けてくる。
「どうしたのどうしたの? また事件? 今度こそは解決するよ!」
亜希ちゃんがエサを欲しそうに、無いしっぽを振る。
「残念、事件はないわよ。……結構広い部屋なのね」
姫乃ちゃんは初めて訪れた探偵部の部室を見回す。
「事件よりも嬉しい話だよ、亜希ちゃん」
私がそう言いながらテーブルの脇に荷物を置くと、姫乃ちゃんもそれに倣ってカバンを置いた。
「えー、なになに?」
亜希ちゃんは期待を膨らませた顔で椅子を準備してくれる。こういう時の彼女は、いつもに増してテキパキと行動するのだ。
テーブルを囲んで全員が椅子に座ったところで、私はようやく嬉しい報告を始める。
「……えーと、姫乃ちゃんが探偵部に入ることになりました!」
それを聞いた亜希ちゃんの反応は、私が予想していた通りだった。
彼女は子供のように歓喜の声を上げ、座りながら小躍りをした後、「なんでなんで?」と姫乃ちゃんに入部理由を訊いた。
姫乃ちゃんは一度入部の誘いを断っているのだから、疑問に思うのも当然だろう。
「この前、ラブレターの差出人を推理してもらったでしょ? その時のあなたたちを見て、面白そうだと思ったの」
姫乃ちゃんは亜希ちゃんにそう答えるが、入部理由はそれだけではなかった。
付き合っても恋人らしいことをしない代わりにできるだけ一緒にいられる時間をつくろうということで、姫乃ちゃんが入部を決めてくれたのだ。まあ、探偵部自体にも興味を持ってくれている様子だったので、亜希ちゃんへの答えも嘘ではないだろうけど。
そして、これは私の勝手な憶測だが、姫乃ちゃんは以前のラブレター事件で行き過ぎた調査をしてしまったことをいまだ反省しているのではないかと思う。もちろん私はまったく気にしていないのだが、その罪滅ぼしとして探偵部に入ることを決めたのではないか……というのは少々考えすぎだろうか。
そのとき、コンコンと扉をノックする音が聞こえた。
私と亜希ちゃんは口を開け、まずい、という顔をする。
無断で空き部屋を使っているところを先生に見つかったら何を言われるかわからない。
私たちはどうすることもできず、ただ顔をしかめながらギイっと開く扉を注視する。
扉から顔を覗かせたのは眼鏡をかけた細目の男子生徒だった。
とりあえず先生じゃなかったことがわかり、亜希ちゃんと安堵の息を吐く。
「君たちが探偵部……でいいんだよな?」
眼鏡の彼は私たちを若干睨むような顔でそう尋ねる。
私と姫乃ちゃんは彼を知っていた。
亜希ちゃんはいつも通りの愛嬌を見せながら立ち上がる。
「もしかして、入部希望者ですか!?」
「は? そんなわけないだろ。勧告しに来たんだよ、勧告。正式に部として認められてないのに無断で空き教室を使いやがって。さっさと出て行ってもらうぞ」
どうやら彼は生徒会の仕事として、不法に居座っている私たちを追い出しに来たらしい。
南条君の口ぶりが余程気に障ったのか、さっそく亜希ちゃんから小さな舌打ちが聞こえた。
「なーんだ、生徒会の人間か」
「あ? なにその態度。そもそもな、なんだよ探偵部って。小学生じゃないんだから、もっと存在意義のある部をだな」
「はんっ、意義とか言い出しちゃって、つまんない奴。だいたい態度が悪いのはあんたもでしょ、部室に入ったら挨拶くらいしなさいよ」
「はあ……だからここはまだ君らの部室じゃないんだって」
南条君は馬鹿にしたようなため息を吐く。
「ちょっと、亜希ちゃんも南条君も一回落ち着いて」
収拾のつかない喧嘩になる前に、私は口を挟む。
「みみ子、こいつのこと知ってんの?」
「うん、同じクラスだから……」
「なんだ、同学年か。すごく偉そうにしてるから上級生かと思っちゃった」
「君なぁ……」
亜希ちゃんの煽りに南条君は一瞬眉間に皺を寄せるが、すぐに表情を戻す。口は悪いが亜希ちゃんより感情のコントロールはできるらしい。
「出て行かないなら、生徒指導部に報告することになるぞ?」
そんな南条君の脅しを、亜希ちゃんは鼻で笑う。
「部として認められれば問題ないのよね?」
「そうだけど、君らまだ申請条件を満たしてないだろ」
「ふふん、実はついさっき新しく部員が入って、三人そろったんだよねー。今申請すれば文句ないでしょ?」
そう言って、亜希ちゃんは抱きつくようにして姫乃ちゃんの肩に手を置く。
そんな勝ち誇った顔の彼女とは裏腹に、南条君は呆れた様子でまたため息をついた。
「バカか、申請するにしても承認されるまでの期間は当然部室は使えねえよ。それに申請するには顧問も必要だけど、いるのか?」
南条君に言われ、亜希ちゃんは「えっ」と声を漏らす。
「生徒会から説明受けたけど、そんなの聞いてない!」
「たぶん君が聞き漏らしたんだろ。第一、部活動に顧問が必要ないわけないじゃないか。少し考えたらわかるだろ」
南条君のその言葉は、今まで何の疑問も持たず亜希ちゃんの言葉に従っていた私の腹も突いた。私と亜希ちゃんが顔を引きつらせる。
その時、姫乃ちゃんが口を開いた。
「顧問なら、ひとり引き受けてくれそうな人を知っているわ」
「え、ほんと!? さっすが姫乃ちゃん! どの先生?」
亜希ちゃんの表情がコロッと明るくなる。
「バカ、そんなの後で話せ。今はとにかく退去だ、退去」
言葉で尻を叩かれながら、仕方なく私たちは部屋を出た。
「……君らさ、そもそも何の活動してんの?」
廊下に追い出されてから、南条君にそう訊かれる。
「何って、そりゃあ探偵業よ。学校内で起こる様々な事件を解決するの」
「……ふん」
やはり、亜希ちゃんの回答に南条君は鼻で笑った。
「まあ、事件なんて早々起こるものじゃないけどね……」
私が苦笑いをしながらそう言うと、南条君は急に真剣な顔で呟く。
「……事件か。それならあることにはあるんだが」
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