探偵部の推理


「みみ子、やったね! 初めての依頼だよ!」


 苦い笑みを浮かべる私の手を握り、亜希ちゃんは大層に喜ぶ。


「じゃあ、明日から調査を始めるとして、いつごろまでに――」


 亜希ちゃんがさっそく今後の計画を練ろうとすると、「ダメよ」と桜木さんの声が遮った。


「いまここで推理をしてほしいの。調査をしてほしいわけじゃないわ」


「えっ、ちょっと待ってよ、そんなこと言っても手がかりも何も……」


 困惑する亜希ちゃんを無視し、桜木さんは話しを続ける。


「期限はそうね、私がこの残りの紅茶を飲み干すまでに、でどうかしら」


 彼女が薄い笑みを浮かべながら指先でコップの淵をトントンと叩くと、半分ほど残っている紅茶が小さな水紋を浮かべた。

 つまり、期限は桜木さんの匙加減ということか。


「もし、差出人を特定することができたら探偵部に入ってもいいわよ」


 その言葉に、亜希ちゃんの顔は花が開いたようにぱっと明るくなる。


「ほんと!? なら、受けるしかないね!」


 さっきまでの自信のなさはどこに行ったのだろう。


「さすが探偵部ね。それに、手がかりがないというわけでもないわ」


 桜木さんはカバンの中から一枚の紙を取り出す。それは他でもない、昼間にクラス中の注目を浴びたラブレターだった。


「これが例のやつね」


 そう言って、亜希ちゃんはラブレターを受け取り文章に目を通す。


————————————


『最近暑くなってきましたね。今日なんかはまさに夏って感じで、僕はヘトヘトでした(笑)

 こんな日に体育で持久走をするのは本当にきつかったです。貴方が爽やかに走っているところを見て、さすがだなと思いました。

 今日も、あいもかわらず貴方が好きです。また明日も暑くなるそうなので、熱中症など体に気をつけてお過ごしください。

 P.S.今日のケーキはいつもと違うお店で買いました。口に合わなかったらごめんなさい』


————————————


 読み終えると、亜希ちゃんはさっそく一つ質問をした。


「この手紙に書かれてる『ケーキ』って、いつも姫乃ちゃんが食べてるチョコケーキのことよね?」


「そうよ」


「じゃあ、このラブレターの差出人と姫乃ちゃんにチョコケーキをあげてる人は同一人物ってことね」


 亜希ちゃんは続けて内容を整理していく。


「犯人は姫乃ちゃんと一緒に体育の授業を受けてるってことだから、1組の生徒で間違いなさそうだね。……あと、文章を見るからに、これ一枚だけじゃないよね。たぶん、毎日ケーキと一緒にラブレターを貰ってるんじゃない?」


「ふふ、ご名答よ。差出人の名前が書かれていたものは一つもないけれど」


「もう、そういう情報は事前に教えてよ! 推理のための重要な材料でしょ!」


 亜希ちゃんはため息を吐くが、まだまだ楽しさに満ちた顔だった。

 昨日の桜木さんの話と今日のラブレター騒動が少しずつ繋がっていく。桜木さんはまだ知っていることがありそうだが、あくまでこちらが質問しない限り明かさないようだ。


「手書きじゃないのも気になるね、何でだろ」


 亜希ちゃんの疑問に、私は昼間にクラスで出た説を思い出す。


「下手な字を見られるのが恥ずかしいからじゃないかってクラスの男子は言ってたけど」


「恥ずかしいから、ねえ……」

 

 亜希ちゃんは、納得しない様子でうーんと唸りながら、腕を組んで何かを考え始めた。悠長にできるほどのタイムリミットはないが、どっしりと構えて考える様は探偵らしいといえばらしい。

 そして、しばらくしてから体を起こす。


「差出人が名前を明かさないのは、単純に考えれば正体がバレたくないってことだよね。手書きじゃないのも特定されないためじゃないかな。つまり、手書きだと正体がばれる恐れがある……」


 亜希ちゃんは手に持ったラブレターを皆が見れるように机の上に置き、説明を続ける。


「よほど字が汚いとか、癖があるとか。もしくは、姫乃ちゃんが字体を見ただけで特定できるくらい仲のいい友達とか。……まあ、そう考えると字が汚い人が犯人っていう説も正しいかもね」


 亜希ちゃんは話し終えると、自慢げに鼻を鳴らし、私たちの顔を伺う。


「なるほど、いい推理だと思うわ。でも、その上で差出人に心当たりはないわね」


 そう言って推理を評価した桜木さんは、紅茶を一口飲む。


「まあ、そっか。普通、男子の筆跡なんて知らないよね。この推理も全く確証ないしなぁ」


 亜希ちゃんはどうしたものかと、困ったように笑う。


「……そもそも、名前を明かさずケーキとラブレターを送るって何が目的なんだろう。付き合いたいわけじゃないのかな。推しに貢ぐファンみたいなもの?」


 そう言うと、またさっきの探偵の姿勢に戻った。


「じゃあ、ヒントを二つ」


 推理が行き詰ったと見たのか、手を差し伸べるように今度は桜木さんが話し始める。


「ラブレターとケーキは、玄関のロッカーを通して受け取っているわ」


「まーた重要な情報を隠して……」


 亜希ちゃんは呆れた顔をするが、桜木さんは淡々と話を続ける。


「重要なのはここからよ。まず、犯人がロッカーの中にラブレターとケーキを入れるタイミングについてね。私が朝登校してから放課後にウサギ小屋の掃除に行くまでの間は、何も入れられてないわ。入ってるのは決まって、小屋の掃除を終えて教室に戻る時よ」


「……ということは、姫乃ちゃんがウサギ小屋の掃除をしている間に、犯人がロッカーの中にブツを入れてるってことね」


 亜希ちゃんは思い出したかのようにポケットからメモ帳とボールペンを取り出し、重要事項として書き留める。


「そして、もう一つ。私が受け取るチョコケーキ、溶けてないのよ」


「ああ、そっか……!」


 何かに気づいた亜希ちゃんが声を漏らす。


「そう。普通、チョコケーキは常温で保管すると溶けるわよね。暑い今の時期ならなおさらのことよ。でも、受け取るチョコケーキは溶けていない。むしろ少し冷えているわ」


「つまり、渡すまでの間、どこかで冷やしてるってことだよね。となると、冷蔵庫があるのは調理室と理科準備室だから……調理部か科学部に犯人がいるのかな?」


「ふふ、それは少し安直じゃないかしら」


 桜木さんに笑われ、亜希ちゃんは恥ずかしさ半分に、ムッと唇を尖らせる。そして、その不満を私にぶつけるように言葉を投げてきた。


「もう、みみ子も推理してよー!」


「うーん……亜希ちゃんの推理で合ってる気がするけどなぁ」


「くう、また適当にごまかして……! もっと自分の考えを持ちなよ!」


 亜希ちゃんから叱られる。確かに、この私のやる気のなさは客観的に腹立たしく思えるだろう。1組の中に犯人がいる場合、他クラスの亜希ちゃんが犯人を特定することはほぼ不可能であり、本来私が頑張って推理をするべきなのだから。

 

 桜木さんは私の困った顔を見ると、両手でコップを持ち、静かに紅茶を飲み始めた。

 そして、コップを口から離した桜木さんはふうっと息をついた後、口を開く。


「タイムオーバー」


 その言葉に驚いて私と亜希ちゃんがコップの中を覗くと、まだ充分に残っていたはずの紅茶がすべて飲み干されていた。

 

「ええ、そんなあ、これで終わり?」


 その呆気なさに、亜希ちゃんは心底残念そうに言う。もしかすると、その内心ではまだチャンスを期待していたのかもしれないが、桜木さんのルールは厳格であった。


「残念、終わりよ。なかなか面白い推理だったわ」


 なぜこのタイミングで終わらせたのかはわからないが、桜木さんは満足そうな顔をしていた。そこからは本気で犯人を見つけたいという意思は感じられず、私たちに推理させるのが目的だったように思える。やはりストーカーの件も含め、桜木さんの手の上で転がされている感が否めなかった。

 そんなことを思っていると、また桜木さんからの要求が来る。


「亜希さん、申し訳ないんだけどまだみみ子さんとお話したいことがあるの。少し席を外してもらえるかしら」


「え、私がいたらできない話なの?」


「そうよ、すごく困るわ。特にみみ子さんが」


 桜木さんは私の方を見て微笑む。

 亜希ちゃんは不服そうな顔をしながらも、話が終わったらちゃんと部室に来るよう私に言い残し、素直に教室を出ていく。


 亜希ちゃんに聞かれて私が困るような話とは一体なんだろうか。


 ……まさか。

 考えを巡らせ、ようやく一つの結論に思い当たった私は重たい唾をのみ込んだ。




 亜希ちゃんが教室を出ていっても桜木さんは何も話さず、机に置かれたラブレターを手に取り文章を目で追っている。私は決して自分から話を切り出すことはせず、汗が染みだした拳を握り込んでいた。

 校庭の花壇に植えられたラベンダーの香りが風に乗って教室に入り込んでいることに気づく。今の私にはそんな香りもただのノイズに感じた。


 静かな時間が数分流れた後、桜木さんはようやく口を開く。


「このラブレター、あなたよね」


 前置きや導入などはない、清々しいほどに直接的で無遠慮なその言葉に私の心臓が一瞬止まる。それから、一気に羞恥心が溢れ出し、蒸気を発するかと思うほどに身体中を熱くしていく。息を吐くと、胸の中に押し込んでいた不安が声にならない何かとなって口から漏れ出るようだった。

 私はこの状況をどうやって取り繕えばいいのかを必死で考える。


 彼女のいう通り、犯人は私だった。

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