第一章 チョコケーキ姫
探偵部、動く
「はっ、はっ、はっ」
西日が差し込む廊下を、私は息を刻みながら走っている。「走る」といっても、これはきっと先生に見つかっても怒られないくらいのスピードだ。
足を前に出すたび、肩に担いだ大きなカバンがゆさゆさと揺れて鬱陶しい。人とすれ違うたびにカバンを手で押さえ、少々大げさによける。できるだけ人に迷惑をかけないよう細心の注意を払うのが私の生き方だ。
やたら長い廊下を進んだ先にある、一番奥の部屋。そこが私たちの部室だった。
「ごめん、遅くなった」
私がドアを開けると、部屋の奥に置かれたひとりがけのソファーに座っていた
「もー! みみ子、遅いよー!」
私は再度謝りながら、荷物を部屋の中央のテーブルにドサっと置く。
「いつも遅刻じゃん」
「帰り支度に時間かかっちゃって」
「そんな大荷物で学校来るからでしょ。何入ってるの? その大きなカバン」
「教科書とか、いろいろ……」
「教科書なんて机の中に置いてっちゃえばいいのに」
呆れた顔で私を見るので、とりあえず笑って誤魔化しておく。
「ま、いいけど」
そう言うと亜希ちゃんは腕をあげて背伸びをする。今日のところはこれで許されたようだ。
私たちは部屋の隅に重ねてあるパイプ椅子を一つずつ持ち運び、テーブルをはさんで向かい合うように座る。
「早く新入部員見つけないとなぁ。正式に探偵部が認められないと活動しづらいからね」
「また勧誘かぁ」
自然と億劫な声が出る。
探偵部の部員は現在、私と亜希ちゃんの二人だけ。部活動として承認してもらうには最低三名の部員が必要であり、残りの一人を見つけないといけない。なので、今私たちの優先事項は探偵活動ではなく、新入部員の勧誘だ。
そして、正式な部として認められていないため、本当は部室もない。この部屋は私たちが勝手に使っている空き教室で、きっと先生や生徒会にバレたら怒られるに違いなかった。
亜希ちゃんには申し訳ないが、私の青春がこんな隅っこの空き教室で終わっていいのだろうかと、最近思い始めている。
私は入学早々、他クラスの
きっと押しに弱い人間だと睨んで誘ってきたに違いない。実際その通りで、私を狙ったのは大正解だったと言える。入ってしまったからにはサボるわけにはいかないと、馬鹿真面目に毎日来てしまう奴なんて、この学校に私くらいしかいないだろう。
そう考えると、亜希ちゃんは人を見る目があり、本当に探偵に向いているのかもしれない。
それに、私も探偵部に興味がなかったわけではない。推理小説を買って読むくらいには好きだ。でも、入部してすることが勧誘だなんて、ため息の一つもつきたくなる。
それはまあ、亜希ちゃんも同じだろうけど……。
「そういえば、みみ子って1組だったよね?」
「うん、そうだよ」
「じゃあさ、チョコケーキ姫って知ってる?」
「なにそれ」
「え、知らない? 毎日放課後に1組の教室で一人でチョコレートケーキを食べてる女子生徒がいるらしいの。あまりにも美人だから、陰でチョコケーキ姫って呼ばれてるんだって」
「へえ……」
「1年の中では結構有名だよ、チョコケーキ姫。なんで知らないのよ」
それは、私が亜希ちゃん以外に友達がいないので、そんな情報が回ってこないからだ。
でも、チョコケーキ姫とやらの正体が誰なのかは容易に想像がついた。
「ただケーキを食べてるだけなのに、そんなあだ名を勝手につけられて可哀そうだよ」
「まあ、本人からしたら迷惑かもね。でも、存在自体が謎っていうか、ちょっと面白そうだと思わない?」
「そうかな……」
亜希ちゃんは乗り気でない私の返事を聞いてため息を漏らす。
「もう、それでも探偵部? 好奇心が足りないよ!」
そう言って私の両頬をつねってくる。
「いでっ、いだいっ、いだいいだいっ……!」
結構強めだった。
涙目になりながら、この暴力の意味がイマイチ理解できず、亜希ちゃんを見る。
私のつねられたときの顔がおかしかったのだろうか、唇を締め、笑いを堪えていた。
やっぱりこの人は探偵よりも犯人の方が向いてるのかもしれない。
「あーもう今日は勧誘なんてやめよ」
そう言って、亜希ちゃんは私の手を引き、部室を出る。
「ちょっと待って、どこ行くの?」
「決まってるじゃん、チョコケーキ姫を見に行くの!」
「でも、まだ探偵部が承認されてないのに活動したら怒られるんじゃない?」
「そんなの部活動とは関係ない
「でも……、ああっ、あああっ」
通行人の視線を浴びながら、ずるずると引っ張られていく。私の非力な抵抗では彼女の好奇心を止めることはできないようだ。
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