第5話 奇跡の調べ
新入生代表挨拶は、自己紹介とお詫びから始まり、幸せのあり方について、他者との繋がりに触れる壮大な語りを展開するマコトだったが、本来の挨拶路線に戻すべく、その語りを再開する。
「私達は同じ学び舎で、これから毎日顔を合わせながら学んでいきます。そこには競い合うことも多く、意見が合わずにぶつかる場面もあると思います。しかし、先ほど述べたようにお互いを尊重しあいながら心を繋げることができたなら、不要な争いが避けられるばかりか、意見を出し合うことでよりよい未来を築くことに結びつくと思います。友人同士はもちろん、先生と生徒、子どもと親、学校とマスコミなど、心の結びつきを求め合うなら、更に発展する明るい未来が待っている気がしてなりません」
―― なるほど。さっきのグローバルな視点から、その縮図を学校に当てはめたのだな。お、そうか、今のこの話は新入生代表挨拶だったな。うっかり忘れそうになるが、なるほど。この発想と視点の転換は見事だな。先行き楽しみなお嬢さんだ。
「新入生の皆さん。私達はまだ何も知らないから、これからこの学校で多くのことを学び体験して成長していきます。まだ何も知らないのだから、失敗して当たり前なので、教えてくれる誰かに恐れることなく挑戦していきましょう。そうすれば、きっと何かが得られます。もしも萎縮して口ごもれば、自分は何も傷つかない代わりに得られるものもありません。ゼロです。しかし挑戦したなら、何かが得られます。例え失敗したとしても、それは次の成功に繋がる大きな経験、糧となります。そう、私達は始まったばかり。これから沢山の『次』に出会えます。挑戦を重ねるごとに得られるものは何倍にも何十倍にも何百倍にも。可能性は無限大です」
―― あ、これは僕たち新入生に向けた言葉だ。ゼロと無限大か。こんな素敵な子が同じ学校にいるなんて。お友達になりたいな。なれるかな?
「あー、それと、『失敗』と聞けば、ネガティブなイメージを思い浮かべる人も多いと思うので補足しますね。失敗することはそれほど悪いことではありません。例えば、たまたま失敗しないで先に進めたとします。成功したことは喜んでよいことですが、それは同時にどうすれば失敗するのかを知らずに進むということ。沢山の『次』を重ねた先で最初の失敗を知らないばかりに大きな失敗をしてしまうかもしれないのです。最初の失敗なら影響は小さくても、先に行くほどその影響はグッと大きくなります。だから最初に沢山失敗しちゃいましょう!」
マコトは右手を握り、人差し指だけを立てた状態、何かを指差すときの状態だが、頭を僅かに
―― ドッ
―― あははは、失敗を勧めちゃっていいの?
会場はどよめく笑いと、笑いを含む明るめのヤジが飛ぶ。
「いいんです」
マコトは笑顔できっぱりと肯定してみせる。
―― ドッ
会場は再び笑いでどよめく。
「皆さま反応がよろしいようで嬉しいですね。えー、なぜなら、成功と失敗は表裏一体、あ、表と裏の違いだけで同じものという意味ですね。沢山の失敗を並べてみて、失敗しない道筋を炙り出すと、それが成功であって、どうすれば成功するのかへの確かな経験を積むことになるのです」
―― あははは、わかりやすい。ありがとうマコトちゃん
「どういたしまして」
―― ドッ
ノリのよい観客のおかげもあってか、辺りは明るい一体感に包まれる。
「えー、たまたま偶然に成功するよりは、どうすれば失敗しないかがわかった上で確実に成功させる。私が誰かに何かをして欲しいとき、私なら後者のほうを選びます。何億倍も信頼できるからです。反対に失敗した経験が全く無い人を信頼できますか? 私はNOです。もしも恐る恐る失敗しないように取り繕った成功なら、それは中身のないピーマンみたいなもの。数多くの失敗を重ね、研ぎ澄まされた成功の形は、まるで……中身の詰まった完熟トマト……じゅるっ……あ、失礼。つ、つい美味しそうなイメージを連想してしまい……」
―― ドッ
思わず完熟トマトを思い描いて、その美味しそうなイメージによだれを禁じ得なかったマコトだった。そんな姿に笑いも取れたが、マコトの話に引き込まれて同じようによだれを拭う観客の姿も散見される。手で煽ぎ照れ隠ししながらマコトは続ける。
「あははは……要は実りある成功を求めるべきなのです。そう……失敗とは失敗という名の成功予備軍。恐れるものは何もないのです。だから、失敗することを織り込んだ挑戦、それが私のおすすめです」
―― なるほどぉ。確かにそうだよね。いつもうまく出来てるのに、ある時できなくなる。そういうときはなかなか気付けないけど、蓋を開けてみれば、たいていは基本的なところで間違っていたことが多いもんね。
―― 成功予備軍? おー、聞き慣れない斬新な言葉。失敗は失態ではないってことか。言葉だけでも印象はかなり変わるね。目から鱗が落ちそうだよ。なるほど。『失敗することを織り込んだ挑戦』この言葉も沁みてくるね。完熟トマトも美味しそうに響いた。
―― この子は、どうしてなの? こんなに幼いのに、なんでそんな経験豊かなお話ができちゃうの? おとなの私が納得させられるなんて。それに今から漢字を学ぶはずよね。なのに、どうしてそんなに沢山の言葉を知っているのよぉ。一体どんな6年間を過ごしてきたのか、すごく興味深いわぁ。一ノ瀬
「在校生の先輩方。先にも言ったように繋がることはきっと未来に幸せを運ぶものだと私は思います。もしも私達が先輩方を頼ったなら、是非、その知識・経験を手ほどきいただきたいと思います。そうしたら、私達の先輩方に対する信頼や尊敬も自然に生まれ、どんどん増していきます。顔見知りになれたら、普段の挨拶も増え、その分、心にも幸せ感が湧いてきます。運動会やその他のイベントがあれば、顔見知りの先輩を応援したくなるのも自然の摂理。そうやって繋がりの輪は満たされていくし、横にも広がるかもしれません。どうですか? 繋がりを意識した未来。楽しく思えてきませんか?」
―― あぁ、この子ったら、先輩って呼んでくれるのね。私達なんかより、よっぽどこの子のほうがおとななのに……うんうん。知ってることならなんでも教えるわね。
―― なんだろう。この子の言葉。聴いていると、沢山の輪っかが思い描かれて、それがだんだん増えていく、そんなイメージ。なんかワクワクしてきた気がするよ。
「先生や直接関わらなくてもいろいろとサポートしてくださる皆様。いろいろとわからないだらけの私達なので、温かい目でご指導いただけると助かります。あ! まだ学園生活は始まっていないのできっとわかってはいないと思いますが、何かを間違えて叱られる場面、それは仕方のない状況だと思います。ただ、怖い怒り方、はそのぉ、ボソボソ (少し苦手なので)……」
―― ドッ
―― あははは、小さくて聞こえないよー
会場はどよめく笑いと、またまた明るめのヤジが飛ぶ。
「あ! すみません。私だけかもしれませんが、怖いのは苦手なので、その、お手柔らかに、っとお願いします」
―― あはは、なんか怒られる前提なんだー。マコトちゃんいいねー
―― ドッ
会場はどよめきとともに、あちこちに笑いを抑える顔が散見される。マコトは赤面しながら口を押さえる。そこへ理事長が不意に言葉を挟む。
「それなら大丈夫だ。我が学園の教師は皆愛情を持って生徒にあたることをモットーとしているからな。少なくとも理不尽に叱りつける輩は皆無のはず。そうだよな?」
そう言いながら、理事長は教師の集団に向けて睨みを利かせると、相対する教師陣はこぞって姿勢を正し、無言の頷きを繰り返す。それを見届け理事長は着席する。理事長もマコト節に染まりつつあるようだった。そんな理事長のフォローに場の空気はうまく繋がれ、マコトは続ける。
「あ、ありがとうございます。私だけでなく、キツく叱られることの苦手な生徒は多いと思います。何がどう悪かったかは言葉で示されればわかる話で、それこそが冒頭から述べています、繋がることでもあります。温かく繋がりながらのご指導をよろしくお願いいたします」
―― ハッとさせられる子だな。いやいや、この子は新入生全体に対して我々教師に手を差し伸べてと言ってるんだよな。なんだかこの子には教えられるものがないような気がしてくるから不思議だが、なんとも興味深い子だ。
「最後に父兄やマスコミなど、ご来場の皆様。本日は私達の栄えある始まりのときを見守っていただき、ありがとうございます。私達がこれから羽ばたいていけるとすれば、それは皆様のご支援の賜物であると思います。これから私達は多くの失敗を重ねながら成長していきます。ときには不安に思うこともあるかもしれません。ですが、私達に愛情を注いでいただけると同時に会話を多く持ち、私達のそれぞれを信じてください。学校以外のプライベートにおいて、少なくとも私達が頼り信じられるのは皆様以外にありません」
挨拶を話しきったと思ったマコトだが、言葉の概念で説明不足・理解不足があるような気がして、説明を追加する。
「あ、そうそう。これまで繋がること、と表現してきましたが、少し概念的でわかりづらかったかもしれません。言い換えるとすれば、心を尽くし、言葉を尽くすこと、かな? まぁ、コミュニケーションをしっかりと取ることが大事ですよね。あ、えーと、私はそう考えています」
―― すごい。なんて抜け目がないんだ。父兄はもちろんだが、マスコミまで対象にしてくれている。そうだね。信じること。言うだけなら簡単なことだけど、一番難しいことなんだよね。少なくとも親子ではそうありたいところだけど、そこにマスコミも含んでいるのか。信じていないから書ける記事というものが多いのは事実だし、たいていは誰かの不幸に結びつくものだけど、信じてあげることで幸せに結びついたかもしれない記事というものも確かにあった気がするなぁ。
―― この子の言う通りね。親は子を心配に思うあまり、当然知らないことも多いはずと、周りの常識的意見を重視して、肝心の子どもがわかっていないと決めつける感があるのは否めないことだったけど、子どもたちも自身で感じ考え、いろいろわかるようになってきているから、この子の言う通り、まずは信じて意見を聞き入れることが第一なんだわ。子どもにとって信じてもらえなかったと感じたなら、気持ちは離れていくしかないものね。まずは信じること、本当に大切なことよね。
―― 心を尽くす、言葉を尽くす、かぁ。そうだね。日本人的表現だから、外国人には伝わりにくい表現でもあると思うけど。うん。この子は確かに日本人の魂で考えてくれてるんだな。素敵な子だね。
「以上、えーと、そのぉ、少々挨拶の路線から外れた部分があったかもしれませんが、これをもって、新入生の挨拶といたします。ご清聴ありがとうございました」
―― あははは。ほんとに今考えた言葉を喋ってたんだね。面白い。けど凄い子だ。
―― え、終わりなの? もっと聞いていたい気がするのだけど……
マコトの挨拶の言葉が終わると、一部の終わりを惜しむ呟きが漏れた後は、先ほどまでとは打って変わって、会場は静けさに包まれる。誰もが口を開くことを忘れたかのように茫然としているようだ。
話し終わったマコトは、あまりの静かすぎる反応に、何かとんでもないことを口走ってしまったのかと、怯みながら会場を見下ろすが、どう対処して良いものかもわからず、ひとまずペコリとお辞儀をした。続けて、そのまま引き下がろうと考えていたところ、歓声と拍手が沸き起こる。
ある者は高く透き通るような美しい声の音に、ある者はそんな声色に呼応するような淡い煌めきの光景に、またある者はマコトの放つ言葉が表現する世界に、はたまた、言葉をまだよく理解できない新入生の面々でも、おそらく間近で初めて見る金髪碧眼の美しさに包まれながらも日本人らしい親しみのある振る舞いのマコトが何よりも愛らしく映り、それがこんなにも堂々と自分の声で話し尽くす姿は何よりも格好良く映り、ここまで深く惹き込まれる体験もおそらく初の体験となったことだろう。
それぞれどっぷりと
―― ブラボー! エクセレント!
―― マコトちゃーん、あなた最高よー!
―― 素敵素敵、これは奇跡よぉ、マコトちゃーん、奇跡の子、マコトちゃんの織りなす言葉。まるで奇跡の調べね。素敵よ、キャー!
これは新入生代表挨拶のはずなのだが、感銘を受け、誰も彼も心を揺さぶられては、声に吐き出さないといられない者も多いようだ。
暫く止むことはなく、肝心の司会進行担当の者ですら、うっとりと浸りきっていたほどだった。しかし、他よりは早めに我に返る司会進行が、そんな状況を収めるべく「静粛にお願いします」との声を割り込ませるが、それでも暫くは止まることはなかった。
同じくそんな興奮の空気に染まっていたいところだが、そうは言ってられないと、一ノ瀬学園理事長が名乗りを上げる。
「あー、皆様。ご清聴と嬉しい反応をいただけていることに心から感謝を申し上げます。先ほどの新入生代表の挨拶は、事情により、急遽、代表を変更いたしましたために、原稿を準備しましたものの、この場の雰囲気から、咄嗟にアドリブにて自身の思いを語ることとなったようです。しかし、あのような素晴らしい内容を語ってくれたこと、理事長としてこれほど嬉しいことはありません。まだまだ本日入学したばかりですが、これから彼女たちが何を見せてくれるのか、今からワクワクしている次第です。これからも一ノ瀬学園をよろしくお願いいたします。因みに
―― おぉ、あんな素晴らしいお孫さんが……
理事長の言葉で熱狂もやや収まる気配を見せる。一番最後に孫娘であること言ったときは、親バカ的なドヤ顔を一瞬覗かせたことは言うまでもないが、その一言に感嘆の息を漏らして羨ましがる者、その反応も少なくはないようだ。
「理事長! 質問よろしいでしょうか?」
「はい、どうぞ……あ、いや、失礼。間違えました」
―― あはははは……
笑いをとったかのようなボケをかます理事長。本来そんなキャラではなかったのだが、偶然か狙ったのか、少なくとも、理事長もマコトにアテられたうちの一人のようだった。
「つい私もつられてしまいましたが、今は記者会見の場ではなく入学式の
そこからは本来の入学式のプログラム進行に則り、粛々と滞りなく進められ、無事、式は幕を閉じる。
その中の来賓祝辞では、例年通り、皆事前に用意した原稿を読み上げるのだが、その最後に原稿にはない希望に満ちたメッセージとエールを添えたところが、例年と明らかに違う特色と言えるだろう。
その内容は、皆マコトの挨拶の言葉にアテられたようで、各々の立場からマコトの言葉を聞き入り、心が震えて発露した何かを言葉に表すと、皆一様に秘めた感動を隠せないのか満面の笑みや言葉の震えとなって会場内に伝搬し、それを会場の面々が一心に聞き取り共感しては、笑いが溢れて好意的なヤジが飛ぶなど、例年にはなかった独特の一体感と明るいムードに包まれた、ある意味では異様な雰囲気の祝辞が繰り返された。
そうして新入生退場の場面となる。ブラスバンドの生演奏が開始されると、マコトを筆頭とする一団が一列になって行進を始める。すると、例年なら厳かな雰囲気の中で静かめの拍手とともに見送られるところなのだが、例年と異なり、各々の父兄はもちろんのこと、マスコミなどは一斉に移動しての、シャッター音が鳴り止まない慌ただしい状況を見せる。会場内からは割れんばかりの拍手が送られ、その中で偲ぶように、いや中にはあからさまな大声で『マコトちゃーん』との歓声が飛び交う状況となる。
退場中のマコトは顔を思いっきり赤らめながら、ハニカミながら、どうして良いかを惑いながらも、呼ばれる側へ視線を向けてはぎこちない笑みを携え、時間にすれば短いのだが、マコトの胸中では早く終わって欲しいと願うばかりの凝縮された長い時間感覚が出口まで続いたのだった。
マコトが会場外となった後、マスコミの半分は追従して出ていく。しかし、残りの半分はこれからマコトとともに時間を過ごしていく新入生の面々を記録として残しておきたいと考えるマスコミの面々が例年にない熱量をもって、新入生の退場行進の後半部を綿密にカメラに収めていったようだ。
皆が一様にマコトという存在により、今年の一ノ瀬学園は何かが違う、面白い何かを起こしてくれるのではないか、という期待感が芽生えたのだろうか。その眼や頬の僅かな釣り上がり、一つ一つの挙動に溢れるキビキビ感。マコトがもたらした何かは静かに、そして確実に、存外大きめの影響を皆の心に刻みつけたようだ。
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