第4話 『わーい』


「颯斗くーん? どうしたのかしらー? もうみんな帰っちゃったよー?」


 結花に振られた俺はあまりのショックに自分の机に突っ伏していた。そんな俺を心配してか、彼方が右から左から俺の顔を覗き込んでくる。


「別に、なんでも」


「柊木さんにきらわれたのがつらいの?」


「言わないで。あと別に嫌われてはいないから。最初から好感度が最低だっただけだから」


「なにがちがうの?」


「……なにも違わない」


 子どもの純粋さが怖い。

 悪意なんてものを一切持ち合わせず、何でもない顔でオーバーキル決めてくるんだから恐ろしいぜ。


 しかし。


 なんだ、さっきのは。

 イケメンは信用するな、だって?

 じゃあ無理ゲーじゃねえか。最初の最初から詰んでる。主人公のスペックがメインヒロインに全否定されてる。


 しかも、それを母親の教えだと言っていたな。なんで柊木愛花はそんなことを言ってるんだよ。イケメンになにされたの。お金でも騙し取られたの?


「ねえ、颯斗くん。帰りましょ?」


 彼方が俺の体を揺らしてくる。

 こんなところで呆けていても何も解決しないので、彼方の提案に乗ることにした。


「そうだね」


 そんなわけで二人で帰ることになった。

 柊木のことで頭がいっぱいだったけど、よくよく自分の状況を見返してみるとナチュラルに女の子と二人で帰ってる。


「彼方ちゃんはイケメン好き?」


「ええ。すき」


 だよねえ。

 普通、女の子はイケメン好きだよね。

 この歳でこの質問にその即答するのもどうかとは思うけど。


「じゃあ、ぼくがイケメンじゃなかったら仲良くなってない?」


「んーん。そんなことないわ」


「そうなの?」


「そうね。それとこれとは別だもの」


「じゃあ、なんで昨日話しかけてくれたの?」


 入学式が終わって教室へ向かう道中、彼方は俺に話しかけてくれた。イケメンだったからと言われれば納得できるけど、そうでないなら理由が分からない。


「なんとなく」

 

 ……そういうものか。

 女の子の考えることはよく分からないな。あるいは、小学一年生の考えなのかもしれないけど。


「どうして柊木さんと仲良くなりたいの?」


 単刀直入な質問に俺は答えを詰まらせてしまう。真実を隠すことなく話すわけにはいかないし、そうなるとなんて言っていいのか分からない。


 なので。


「可愛い女の子と仲良くなりたいと思うのは男の性だよ」


 誤魔化すことにした。

 

「むずかしいわ」


「男はみんな可愛い女の子が大好きだってこと」


「柊木さんじゃないといけないの?」


 んー、と俺は唸る。

 そう言われると、そういうわけではないんだけど。でも彼女をこのまま放置するのはやはり惜しい。


「そういうわけじゃないんだけど、でもできれば仲良くなりたいかな」


 彼方はふうんと意味深に頷くだけだった。ちょうどそのタイミングで帰り道が分かれたので、そこでさよならすることにした。


 彼方と別れてからも、俺は結花とのことを考えていた。


 ただ今日断られただけだ。

 しかも原因は俺にあるというよりは、イケメンの顔にある。もっと言うなら、イケメンを信用するなという教えにあるのだ。


 ここで重要なのは、それが結花本人の気持ちなのではなく、母の教えであるということ。

 もちろん、子どもからすれば親の言葉は絶対みたいなところはある。けど、必ずしもそうなるわけでもない。


 付け入る隙はそこにある。


 まずは俺の印象を良くすることから始めよう。そうすれば、彼女の考えも変わるかもしれないからな。



 *



 そう決めた俺だったけれど、それは中々に難しいことであることを翌日に思い切った。


「おはよう、結花ちゃん」


「おは、よう」


 朝、挨拶をすれば戸惑い気味に返される。まずこのリアクションに心を折られかける。なので、すぐに彼方のところに行ってメンタルを回復する。


 とにかく彼女は俺のことを警戒していた。


 関わることを避けているのだ。

 どうしてそこまで徹底して俺を……というよりイケメンを避けるんだろう。

 母の言うことを守るのは分かるけれど、それにしてもガチすぎる。それだけ母が厳しいのだろうか。


 母……つまり柊木愛花。


 別に厳しかったり、怖かったりした記憶はない。むしろ優しくて気さくで、どちらかというと人を甘やかす側の人間だったはず。


 一週間、とりあえずできることをしてみた。といっても、とにかく話しかけることしかできなかったけど、やはり結果は変わらなかった。


 頑張ってみたけれど、これ以上は逆効果になるような気がしたので俺は一度引くことにした。


 そして。


 何か手を打てることもなく、月日だけが経過していった。


 一ヶ月が経った頃。

 俺は母さんの買い物に付き合ってスーパーにやってきていた。まあ、無理やりに連れてこられたんだけど。


『いや、留守番してるからいいよ』


 そう断ると。


『ええー、たまにはママとお買い物にいこうよぉ。最近の颯斗はママに冷たいわ。反抗期に突入するにはあまりにも早いと思わない? ねえ? ねえ? ねえ!』


『わかったよ! 行くよ!』


 みたいな感じだ。

 あのまま行かないと主張しても母さんが折れることはなかっただろうし、それが分かっているから早々に折れたのだ。


 俺がついてきたからか、母さんは上機嫌だ。鼻歌混じりに晩ご飯の食材をカゴに入れている。ひき肉、玉ねぎ、卵……ハンバーグかな。


「颯斗。お菓子、選んできていいわよ」


「わーい」


 とりあえず形だけ喜んでおいて俺はお菓子売り場へと向かう。あのまま母さんの後ろを歩いてても面白くはなかったし、それならお菓子コーナーを眺めてるほうが有意義だろう。


 さて。

 なにがいいだろう。

 甘いものにするか、塩っぱい系にするか。


 ふーむ、と唸りながらお菓子コーナーを右往左往する。すると、どんと人にぶつかってしまった。

 俺としたことが、と思いながら謝罪する。


「ごめんなさい」


「いえ、こっちこそ」


 重なり合う声はどこかで聞いたことのあるようなものだった。


「……」


「……」


 というか、柊木結花だった。

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