とある歌人の独白
宮廷女官として暮らした華やかな生活も、今は昔。
わたくしは山深きこの地で、静かに暮らしております。
もう親しい縁者も、あれほどまでに恋い慕った方々も、みんな彼岸へお渡りになってしまいました。
老いさらばえたわたくしは、ひとり。
身寄りもなく、あちらこちらを彷徨った末にみつけたこのあばら家で、最期の時を迎えようとしております。
黒々と艶やかだった長い髪は、いまは切れ切れに細ってしまいました。肩のあたりで
四季折々に自ら選んで着た
あの愛しい御方が手ずから食べさせてくださった、
少しばかりの
ひなびた
宮廷のような上等な紙は使うべくもありませんが、ようやく手に入れた紙を持参して、恋文を書いて欲しいとねだる彼らの素朴な目は、輝きに満ちております。
今のわたくしは、筆を持つ手も震えるようになりました。
代筆する文字も、かつて賞賛された筆跡の名残もなく、納得がいかないものではありますけれど、それでも郷人が満足なら良いといたしましょう。
今はこのように身をやつしても、かつて恋多き歌人と呼ばれたわたくしの心は変わってはおりません。
人を恋うことの愛しさ、嬉しさ輝かしさ、そして悩み苦しみ、嫉妬することさえも、生命力に満ちているものです。
そして、その輝きこそが、人を生かし、人生を美しく彩ることだと、わたくしは信じております。
そのような若者の人生の一端にかかわることができるなら、歌人として生きてきたわたくしの心も満たされるような気がいたします。
もう間もなく、わたくしの人生は幕を下ろすことでしょう。
このあばら家が朽ち、わたくしの
花の色は 移りにけりな いたづらに
わが身世にふる ながめせしまに
(小野小町)
《終》
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