小箱は何も考えていない
大都会のまんなか。
大通りは渋滞して車がのろのろ動いていた。
歩道には人間たちが、ぎゅうぎゅう詰めになって足早に歩いていた。
誰も見ていない道の片隅に、それはあった。
手のひらくらいの小さな箱。
実は職人がていねいに作った組み木細工のからくり箱。
でも見た目が地味すぎて、誰も気づかない。
アスファルトを破って生えてきた、雑草がひと株。
小箱のかたわらに生えていて、小箱の姿を隠していた。
小箱は何も考えていない。ただ、そこにあるだけ。
ある時サラリーマンが足を止めた。
疲れ切ったように、ため息をひとつ。
ひと休みしたかっただけらしい。
革靴の底で雑草を踏んで、ハンカチで汗をぬぐってまた歩き出した。
その時男のつま先が、小箱に触れて飛ばされた。
蹴られた小箱は転がった。
カタカタ カタカタ 角があるからうまく転がれない。
不格好によれながら、少しだけ先まで移動した。
小箱は何も考えていない。ただ、そこにあるだけ。
忙しい人間たちが行き交うたびに、細かいほこりが舞い上がり、小箱の上にも下りてきた。
以前はツヤツヤ光ってた木目も、いつのまにか汚れて黒ずんだ。
ある朝、散歩の犬が通りかかり、目ざとく見つけた獲物は小箱。
飼い主さまが眉をしかめるも、頓着せずに意気揚々と小箱をくわえた。
小箱は何も考えていない。ただ、なされるまま。
犬は小箱をくわてマンションに帰った。
飼い主さまの奥様が、汚れた小箱に顔をしかめた。
そんな汚いもの捨ててきなさい、奥様は小箱をくずかごへ放り込んだ。
小箱は何も考えていない。ただ、そこにいるだけ。
小箱はごみ収集日に捨てられた。
ごみ袋に詰められて、収集所の片隅に。
エサをあさりに来た野ガラスが、袋を何度も突っついた。
紙くずと一緒に転がり出た小箱。
収集車に乗り遅れたので、焼かれずにすんだ。
小箱は何も考えていない。ただ、そこにあるだけ。
ごみ収集所のそうじに来たお婆さん。
転がっている小箱を手に取った。
彼女はこの小箱を知っていた。
職人さんが丹精込めたからくり箱。
組み合わされた木片を正しく順に動かすと、秘密の扉がひらくのを。
小箱は何も考えていない。ただ、なされるままいるだけ。
お婆さんは小箱を持ち帰り、やさしく洗って乾かした。
頭を悩ませ考えながら、時間をかけてパズルを解いた。
そこに入っていた一枚のメモ。
「ありがとう」
ただ、ひとことだけ。
小箱は何も考えていない。ただここにいるだけ。
《終》
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テーマは「箱」
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