あったかいね

 それは変わりのない日々。

 ベルトコンベアーにも似た動く歩道ムーブロードで運ばれて行く人間。


 何百、何千、何万? 数え切れないほどのそれが、地域内に点在するホームと呼ばれる建物から移動してくる。


 彼らは一様にうつろな目でぼんやりと立っている。


 覚醒前の一時期、彼らは街の中央にある巨大な建物の中へ吸い込まれて行く。


 新しい人間が生まれにくくなってから数百年。しだいに人口が減りはじめてからさらに数百年。人工授精の技術が発達した。


 人はすべて十五歳を過ぎると十年間の特殊任務が義務化された。

 睡眠中、無意識の間に医療機械に繋がれ、定期的に人工授精用の材料、つまり精子と卵子が採取される。


 それらはマザーと呼ばれる施設でランダムに混合され受精卵になり、そしてコンピューター制御の人工子宮のなかで育てられる。


 人は、人間工場から生まれる。


 両親はいない、伴侶もいない。抱き上げてくれる手も、包み込んでくれるぬくもりも知らずに生き続ける。


 そんな時代。人間は孤独になった。



 子どもはアンドロイドに世話を焼かれ、AIに教育されて育つ。

 やがて興味に応じて、研究をするもの、芸術を追究するもの、運動に没頭するもの、それぞれの道を進むことができる。


 義務期間が終了すれば成人と認められ、あとは自由だ。働かなくとも最低限の生活は保障され、豊かに暮らしたければ好きなだけ稼ぐことも可能だった。


 誰から何を言われることもなく、好きなように生きられるはずなのに。誰もが心の中に空白を抱えていた。


 それは先天的なものなのか、それとも生きている間に徐々に作られるものなのかわからない。


 いつも何か足りないという気持ちが生きる気力を削って行く。



 このマザーで生まれた少女もまた、そのひとりだった。


 清潔だが面白みもない白い部屋の中。壁に作り付けられたスクリーンの前で、教育AIとの会話を続けている。


 十五歳までは、まだ二、三年の間があった。


 淡いピンクのカーペットの床に直接すわりこんで、彼女自身の好みで設定した整った顔の男性アバターを見上げていた。


 背後では細身の女性を模したアンドロイドが、彼女の体温が少し下がったことを感知して、部屋の温度を調整している。


「何か足りないの。何が足りないのかわからないの」

 少女はうったえた。


『欲しいものは言ってください。管理課へ要求します』

 AIが答えた。


「何が必要なのかがわからないの、どうしたらいい?」


『あなたが何をしたいのか考えてみてください。幸せだと感じることや、楽しいと感じることは何ですか。また、いやなこと、やりたくないことを考えてみてもいいでしょう。やりたいことが見えてくるかもしれません』


「うーん。そんなんじゃなくてね。うまく言えない!」


 少女はじれて後ろへひっくりかえった。足をジタバタさせても、やりきれなさはおさまらない。


 ずっと自問自答し続けて、AI教師に問いかけてもこのありさま。


 純粋培養されて、幽閉さながらにこの部屋で育っている彼女には、自分で答えを見つけ出すための経験がたりなかった。


 この世界を管理しているのは、かつて奇跡的に母体から生まれた稀少な特権階級。


 やがて消えゆく運命の彼らにとって、人類の存続だけが大切で、子どもなど栄養がじゅうぶんで、健康管理され、知識だけ与えておけばいいと誤解しているようだった。


 ある日のこと、世話役のアンドロイドが彼女を、ホームの集会場へ連れ出した。


 集会場には同じ年頃の男女が数十人ほどいて、みんな何をすればいいのかわからず、所在なさげに立っていた。


 はじめて見た部屋の外。自分と同じような人間。みんな黙ったまま、困ったような表情をして、あたりを見回していた。


 少女はふと、横に立っていた女の子と目が合った。お互い驚いたように見つめ合い、目が離せなくなった。


 どうしたらいいいのかわからず、彼女が首をかしげると、相手もまた首を傾げていた。手を頬に当てて何度か首を振ってみると、向こうも同じように首を振ってきた。


 彼女は思いきって手を伸ばして、相手の頬に当てている手に触れてみた。軽く指のあたりを握ると、彼女の指はほんのり温かかった。


「あっ」


 驚いたように相手が身を固くしたので、怖がらせたかとあわてて手を離そうとした。


「離さないで!」


 相手の少女が叫んだ。

 彼女は驚いて相手を見ると、ほんのり赤らめた顔でほほえんだ。


「手、あったかいね」

「そうだね、あったかいね」


 ふたりは両手を差し出して、今度はしっかりと握りあっだ。


「あったかいね」


 見まわすと、そこここで、手をつないでいる子どもたちがいた。


 無表情だった顔に少しだけ笑みを浮かべて、お互いのぬくもりを感じていた。


 あったかいね。


《終》


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KAC2024に参加した作品です。

テーマは「はなさないで」

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