第6話 復元できない料理2 皇后様に謁見。謎の調味料の正体とは
午前を過ぎた辺りだろうか、連華は東門辺りにある朱雀宮へと足を運んでいた。朱雀宮には皇后が住んでおり、そこに務める宮女の数は数え切れないほどいる。
帝から命を受けた任に引き連れられ連華はこの朱雀宮にやってきたのだが、あまりの緊張に心臓が喉から飛び出そうなほど緊張にしていた。
皇后の側近である任は連華と違い、緊張している風ではなく、むしろ通いなれた場所のようにこの朱雀宮を歩いている。
宮の中は朱雀宮と呼ばれだけ朱雀の意匠がそこらかしこに掘られており、竜と朱雀が対峙する絵画も描かれている。
そんな宮の奥の間に皇后がいると連華は任に説明を受けていた。そして今、連華と任は皇后の部屋の前まで辿り着いていた。
部屋の前には門番のように構える二人の侍女の姿があり、どうやらその二人が皇后に来客の旨を知らせ、そこで許可が降りなければ入室はできないようだ。
そもそも帝とていついつ何時頃にやってくるということを皇后に知らせないと入室ができない決まりなので、連華達が特別にそうされているわけではない。
任は帝からの伝言を宮女に伝え、それを既に聞いていた皇后は連華達を室内へと通した。
広い豪奢な部屋だった。まさに一国の主の妻を名乗るのにふさわしい、そう連華は部屋をみてそう感想を抱いた。
壁際には様々な意匠を凝らした調度品が置かれていて、割っただけでとんでもない刑罰を下されるのであろうなということは容易に想像がついた。
壁には竜の彫り物がしてあり、まるでそれは天にも登りそうな勢いであった。
そして中央には恐らくは西の国からの贈り物か、それとも西の国の真似をして作ったであろう天蓋付きの巨大な寝具(ベッド)が置かれていてその周りには多くの宮女や侍女が周りを囲むように鎮座している。
側には医官らしき男もいるので、ここが間違いなく皇后の居室であることがわかった。
任が膝を折り顔を隠すようにして揖礼すると、連華もそれに倣うかのようにして深く吹く揖礼をする。
揖礼をしていると天蓋カーテン付きのベッドから弱々しい声が鳴った。
「任か」
「はっ、任でございます」
「そうか」
そういうと皇后は周りの者にベッドのカーテンを開けるように命令する。それを聞いた侍女たちは何度か顔を見合わせた後にベッドのカーテンを開けた。
そこに見えたのは既に生気が失せて、やせ細った皇后の姿であった。皇后は手近にある茶入に水を入れてもらうと飲んだ後に声を放った。
「近頃喉が乾いてたまらん。して任とそこの連華という名前であったか」
「は、はっ! 私が連華でございます」
「男と女を間違えるほど耄碌はしておらぬ」
「は、はい」
たとえ以前の美貌はなく、やせ細って生気がない状態と言えど、そこに居るのは間違いなく絶大な権力を誇る皇后の姿であった。
「して任よ、確か私の食べたい料理を作れるかもしれないとのことだな」
「はっ! この連華であれば作れる可能性があると」
なぜ鶏肉を食べたいことがわかったのか一旦は聞くことをやめていた任だが、帝の料理の後には考えが違っていた。なぜ鶏肉を食べたいことがわかったと何度も問われ、連華は正直に答えた。どうやら手で他者の体に触れると、食べたい料理のみならず、欲している調味料さえわかるのだと。任がしつこく聞いたのは連華が確実に政治的利用が出来ると踏んだためである。
そして任と風輝は内々に連華の能力を共有し、こうして皇后の元へと連華を送ったわけだ。
政治利用にさえ考えられていることは連華でさえ知らない。
「可能性であるか」
そこで皇后はがっかりとした声音を出した。それは冷え切った返事と言っても過言ではなかった。
「確かに可能性ではありますが、それでも皇后様を満足させられる料理を作れる可能性があります」
任はそこで一度言葉を切ると、先を続ける。
「皇后様、その可能性に賭けてみることはできないでしょうか?」
暫く沈黙が続く。そんな沈黙を消し去るように皇后の弱々しい声が響いた。
「ならばやってみるがいい。帝の話ではその娘と手を一度握れという話がある。それは何故か?」
その問いかけに任は少し考えた後に皇后に近づき、
「無礼なことではございますがお耳をお貸しいただけないでしょうか?」
と、言った。それを聞いた皇后は囁くようにして言った。
「聞かれたくない話ということであるな」
「はっ、ならば無礼を許そう」
「それでは失礼いたします」
任は皇后の耳に向かって連華の能力を告げる。それを聞いた皇后は驚いた顔を連華に向ける。そして皇后は連華の顔を見ながらそのような奇っ怪なと言葉を零した後、皇后は任に言った。
「どのみち私の命は長くはない、この話は私の心の中で消えることであろう」
それを聞いた連は揖礼し、ご配慮痛み入りますと言った。そうして任は連華の方へ向くと命令をする。
「皇后様が触れることを許可された。触れるがいい」
「は、はっ」
連華は任の命令を聞くと、皇后の元へ緩やかな動作で近づき、ベッドの側に近づくと差し出される皇后の手を取った。
やせ細った白い白い腕であった。恐らく暫くは日光にも触れてはいないことであろう。そんな皇后の手を包み込むように握ると濁流のように料理の情報が流れてくる。そんな料理の海に潜るようにして皇后の最も食べたい料理という気持ちを探る。
「あ、」
あった。あったのだが。確かにこの料理をどれだけ情報を内膳省に伝えても作れる筈はなかった。何故ならこの料理の味は今現在の宋周国にはない調味料が含まれるからだ。
至極簡単な料理なのだ。ただしその調味料さえなければ。柔らかく握っていた連華の手が小刻みに震える。作れないかもしれないという重責が肩にのしかかる。
「どうした連華よ。やはり作れぬのか」
やや挑発じみた皇后の声には悲壮感が混じっている。連華は皇后から手を離すと、皇后に向かって尋ねる。
「皇后様はこの作って欲しい料理の中にある醤油という調味料の存在はご存知ありませんか」
それを聞いた皇后は首を傾げ不思議そうな表情で連華に逆に尋ねる。
「しょうゆとはなんだ?」
「いえ、おわかりにならないのであれば私の勘違いなのかもしれません。失礼ついでにもう一つ、皇后様はどこのお生まれでございましょうか?」
「この宋周国より遥か北の嚥周〈えんしゅう〉の生まれである。しかし面白い娘だ。私の生まれを聞いてどうするつもりだ?」
「皇后様の生まれの地にて特別な調味料を使っていた可能性がありましたので失礼ながらお聞き致しました。お気に触られましたなら平にご容赦を」
「いや、気になど触っておらん。情報を集めるということは普通のことであろう」
「そう言っていただけて助かります」
こんな会話をしつつ、連華の心の中で赤い炎が揺らめくのを感じる。そう皇后の記憶の中に醤油の味の存在があるのに、この迷宮のように広い後宮の中にはないということはありえないと思うからである。
だから連華は皇后に向かって一度礼をすると、今度は少し強めに皇后の手を握ってこう言った。
「なんとか皇后様のご期待に添える物を作れるように粉骨砕身致します。少しお時間をいただけないでしょうか?」
そんな連華の行動と言葉を聞いた皇后は目をきょとんとさせた後に、ふっと手短に笑い好きにするといいとだけ言った。
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