第5話 食膳妃1日目。陛下の頼み。死期の近い皇后の思い出の料理。復元できない料理1
食膳宮に入ってからまたたくまに翌朝になった。昨晩は自分が中級妃になったことが信じられなくて寝床に入ってからもなかなか寝付けなかった。朝になっても卓子に備え付けられている椅子に座って連華はぼうっーと前を見ていた。自分の手前には鳳凰を象った絵が飾られていて、こんな凄いものが飾ってある部屋に自分がいて適切なのかとさえ考える。
そして朝になっても揚徳妃様のところから明凛が来る様子がなく、それが一抹の不安になっていた。
しかたがないので茶を入れ飲んでいると宮の扉が叩かれた。
その音に連華はびくりと背筋を正すようにして身構える。そして扉の方をじっと見やる。それでも扉は一定間隔で叩かれているので、待たせては申し訳ないと思い連華は扉の前へと向かって歩き、扉を開ける。
扉を開けると朝の陽光が室内と連華を照らし、眩しく感じた。そして逆光の光に慣れてうっすらと目を開けるとそこに居たのは二人の宦官を連れた風輝の姿であった。
「へ、陛下!」
連華は驚きのあまり数歩下がって顔を隠し膝を地面につけて深く深く揖礼をする。そんな連華に風輝はそう固くなる必要はないとだけいうと、椅子に座った。
「連華、お前も手前に席に座るがいい」
「そ、そんなご無礼な……」
そこで宦官の一人、峻嶺〈シュンレイ〉が連華に言ってきた。
「大家が座れと言ったら座るのが本当の無礼ではないのです。なのでどうぞ」
いかつい顔をした峻嶺に言われると、若干の緊張を伴う。それでも確かに峻嶺の言うとおりなのだと思うと連華は立ち上がり風輝の前に座る。
風輝は腕を組むと連華に向かって言う。
「朝議にはまだ暫く時間があるものでな、なのでついでにここに寄らせてもらった」
「は、はい」
そして風輝は周りを見渡すと、
「そうかまだ宮女もいないのであったな。宮女はこちらからふさわしいものを選んでここで仕えさせるようにする」
そこで風輝は一度言葉を切って、先に続けた。
「明凛なるものについては、朝議が終わり次第、揚徳妃の元へ言って交渉しよう」
「お手数をおかけいたします」
「うむ、してそこはいいのだ。昨晩、お前に頼みたいことがあると言ったであろう」
そこで連華は昨晩の風輝との会話を思い出す。そう言えば頼みたいことがあると風輝は連華に言っていたことを思い出す。
「は、はい。確かに」
そこで風輝は少し難しい表情になり、どう切り出そうかと考えているような素振りを見せた。そして風輝は考えた結果端的に連華に伝えることにする。
「頼みたいことというのは皇后の料理のことなのだ」
「皇后様の料理……」
皇后の尹明花〈イン・ミンファ〉は医者も手がつけられないほどに重い病気に罹っていることで後宮でも有名だった。
「酷い病で長らくは生きられないと言われている」
そのおかげで少し後宮で皇后の後釜問題が発生している。賢妃 李春燕〈リ・チュンアン〉かそれとも他の貴妃か徳妃か美人かでかなり後宮内では後釜問題が複雑化しそうな状態になっている。
もっとも皇后に近いのが李賢妃と言われている。しかし今はそれは置いておくとして、長らく生きられない病気となれば料理も満足に食べられない状態であろうと連華は考える。
だから連華は風輝に向かって意見を述べる。
「それほどに重いご病気であれば、私の料理も食べていただけるかどうか……」
「いや、腹満腹まで食べるとかそうではなく、一口でもいいから故郷の味を食べたいということなのだ。私は皇后に対していい思いはさせてはいない。だからせめてその思いだけでも叶えてやりたくてな。
「しかしながら、恐らく何品も料理を復元して食べていただいたのではありませんか?」
そこで風輝は渋面を作りながら連華に言った。
「内膳省の人間が何品も作り出している。しかしどれも違うと言うのだ」
「違う?」
「うむ、どうにも使っている調味料が違うらしい」
そこで連華は考える。この後宮にはない調味料なのか、それともあるだけで見落としているのかと。
「調味料ですか……」
話が複雑化しそうである。調味料と言っても塩からなんやらまでいうと一体どれだけの数があるのであろうか。
「連華、一度皇后の元へ言って話だけでも聞いてやってくれないか」
ここまで頼まれて連華に断るという選択肢はなかった。病人なので調味料の味さえ判断出来ているのかどうかさえ怪しいのだ。それでも連華は風輝に向かってはいと頷くしかなかった。
それから風輝は朝議の時間になり食膳宮から出ていってしまい、連華には皇后との面会の約束が取り次がれた。
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