第2話 第一料理 サクっとした鶏肉の甘酢ダレとエスニックチキン

 厨房でひるみそうになる気持ちを連華は気を入れ直すように両頬を叩いた。


「こんなことじゃいけないわ。頑張れ私!」


 震える足に力を入れ連花は厨房の中を探索するようにして見回していく。


 竈の上には中華鍋のようなものもあり、包丁などもありしっかりと研がれたものである。

 おそらく任自体が料理に対して相当 うるさい人種なのだと連花はそういう印象を抱いた。


 気を取り直して、厨房の隅々まで探索することにした。酢もある、片栗粉 もある、魚醤 もある。砂糖などもあった。任自体が高級な官職についているので、こういう調味料などもふんだんに置いてあるのであろう。


「うーん、他にも色々ありそうですね」


連華は包丁を握るとまずは手早く まるで魔法のように鳥を捌く。まるで自分の体ではない錯覚さえ覚えた。鳥を捌くと中華鍋の中に油を入れ炒めはじめる。

 鶏肉に匂いが残っていたら嫌なので、手早く厨房の中にあった酒でフランベをする。鍋の中から魔法のように火が吹き出し、それを見た厨房の他の料理人はそれに恐怖を抱いたのか

「のぁっ!」

 と、炎を見ながらのけぞり連華と距離を取った。彼には魔法のように見えたことだろう。


「さてと次は」


 そう考えると連華は、次の工程に移るのであった。


 一方その頃任は少しばかり 後宮のことで頭を悩ませていた。大家には皇后がいるが、それでも皇后の元へ渡るのは非常に少ない。そのせいか東宮も空で公主さえいない。


「まあ、渡ると言っても、話が弾んだとかで皇后を決められたものですから」


 性的ななにかがあったわけではないことは任達は承知をしていた。


 非常に良い皇帝なのであるが、それでもこれほどまでに奥手なのは後宮自体にとってもよろしくはない。更に皇后は病気で確実に死ぬ段階まで来ている。それならば新しい妃嬪を早めに見つけて貰わなければならないだろう。


「さてどうするべきか 困ったものですね」


 そのことに対して内務大臣である金はあまりいい風には思ってはいない。今回の料理人の募集に対してもあまり良い風には思っていないのが現実である。


「何かで変わるきっかけになると良いのですが」


 そう言うと任は布張り椅子〈ソファー〉に深く もたれかかり大きな息を出した。


 それからしばらく待ったあとだろうか。部屋の扉のドアがノックされる。


「どうぞ入ってもよろしいですよ」


 扉の奥から聞こえてきたのは今しがた 料理を作らせている連華の声だった。

 連華はドアを開けて厨房の使用人とともに料理を運んでくる。


 そこで任は料理からとてつもなくいい匂いをしていることに気がついた。なんと言っていいのだろう。甘いようなそして コクのあるような非常に蠱惑的な香りだった。


 少し焼けたような匂いはするのは逆に食欲をそそる。

 鉄板の上にある料理からはまだ、ジュウウウという音と良い香りを放つ 湯気が浮かんでいた。

 あまりの良い香りに任の頭の中にあった後宮事情が一瞬の内に吹き飛んだ。


「おー! 何という心が踊る 香りなんだ!」

「サクっと鶏肉の甘酢ダレとエスニック チキンでございます」

「これがその料理なのですか。フライドチキンはどうされたのですか」

「油を高温に揚げるという技法を使うため、もう少し安全性の確保された場所ではないとできないと判断をいたしました。もし火災になったら目も当てられませんし」


「それでは、どういうところで料理をするのが好ましいのでしょうか」


 そこで連華は少し考える素振りをすると、


「やっぱり 外が好ましいのではないでしょうか」


 任はそこで腕を組んで唸った。


「それも食べてみたかったのですがね」


 連華は微笑みを浮かべると、


「次回の機会にということで」

「それでは まずはあなたがを作ってくださった。その自慢の料理をいただくとしましょうか」

「冷めないうちにどうぞ」


 連華と使用人は料理と水を任の前へと 置く。


 任は大きく呼吸をすると簡単な息を漏らした。


「近づくに連れて何という 凄まじい 香りなのだということをわかってくるようになりますね」

 箸を取り 早速任は、料理を食べることにした。

 まずは サクっと鶏肉の甘酢ダレを食べることにする。


 鳥のもも肉は綺麗なブラウン色になっていてまるで 琥珀のようであった。


「おお何と 美しい」

 任は覚悟を決めると鶏肉に頬張りついた。その瞬間口内と脳に落雷が走ることほどの衝撃を覚えた。

 まずは ニンニクの香りが、この鶏肉の味を引き立てている。さらに肉汁と一緒に醤油砂糖 酒みりん酢胡椒 片栗粉の調味料の集合体が見事なハーモニーを奏で、口内をこれでもが これでもかというぐらいに攻撃をしてくる。


「あちち、ふうふうーほうー」 

 熱々の料理に齧りついたために、言葉にもならない。任にしてはありえない姿がそこにあった。

 そして皮もまるで任の心を取り込むようにしていく。パリッとした感触とともに甘辛いタレと、まるで臭みのない肉が渾然一体となりジューシーな音楽を奏でている。かつ蠱惑的なサクっと鶏肉の甘酢ダレも任の胃袋を掴んで離さない。

「ほおおーーーーーー」


 任は料理に対して悶絶するしかない。まさに 未知との遭遇 である。ではもう一品はどうなのであろうか。


 任は震える手でもう一方の エスニックチキンに手をつける。


 飴色に焼かれた鶏肉からは酢 砂糖 オイスターソース 豆板醤 生姜のすりおろしという、この宋周国では考えもしえない調味料の配分がしてあり、このチキンに対しても任は子供のように無邪気な気持ちになる事を止めることはできなかった。

 ジューシーな鶏肉からは 肉汁が溢れ、鶏肉を噛むと甘辛い味と酢のきいた中華風の味が口内に広がっていく。また鶏肉の臭みを消し去るように生姜がふんだんに使われているので、非常に食べやすかった。


「こ、この料理は一体何なのだ」


 そして鶏肉のパリッと焼かれた 皮を噛んだ瞬間。任は皮の味を堪能し無言になってしまう。

 もう任からは言葉を発することはなかった。ただ子供のように がむしゃらに食べていく姿がそこにはあった。

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