第25話 家出の理由

「じゃあ、今夜はよろしくだな。シンシア」


 と、僕は言った。

 彼女は、首をかしげる。


「よ、よろしくとは……?」

「僕も、サラさんの家に寝泊ねとまりしている立場なんだ。じつは」

「――えっ? じゃあつまり、あれかな? 今日は、サラさんと私と、ナオキくんの三人で一夜いちやかすと……」

「まあ、そういうことになるな」

「ま、まさかだね。ナオキくんも、サラさんの家に居候いそうろうしていたとは」

「この世界へ転移てんいした夜から、いきなりお世話せわになったからな」

「でも、あれだね」

「あれ?」

「これは、友達の家にまりに行くというようキャライベントにている気がする。私、パーリーピーポーってやつになったのかな……?」

「さあ、どうなんだろうな」


 ――絶対に、そうはなっていないと思うが。


 という内心ないしんの声はおもてに出さず、僕は別の話題わだいへ切り替えた。


「クエストは、明日あすの朝から挑戦ちょうせんする予定なのか?」

「そうだね。お母さんに見つかったらアウトだから、できるだけはやめに行動にうつしたいと思っている。時間が過ぎれば過ぎるほど、家出いえでが終わる可能性が高くなっていくから」

「それじゃあ、明日の朝から頑張がんばるか。クエスト」

「うん……! 頑張ろう……!」


 そうして、僕の明日の予定に、初クエストという用事ができた。


 サラさんの仕事が終わるまで、僕たちは時間をあます事となるので、会話をすることにする。


「答えたくなかったら、答えなくてもいんだが」

「な、何かな?」

「シンシアは、なぜ家出を決断けつだんしたんだ?」

「それは……」

「最初にも言ったが、無理して答えなくてもいい。ただ、シンシアが教えれるのなら、僕も知っておきたいなと思っただけだ」

「お、教えるよ……! 全然教える……!」


 全然教えるのか。


「り、理由になるけどね」

「ああ」

「お母さんが、こわかったから……」


 …………。


「お母さんが、怖かった?」

「うん」


 シンシアは、顔をしたうつむける。


 僕は、思い起こした。

 それは、僕が彼女の名前をめた時の、シンシアの表情だ。


 あの時のシンシアは、顔をあからめながら――お母さんがつけてくれた名前ですので、と言っていたが。その時のシンシアの母親にいだく感情は、大好きなのかなと、僕は思っていた。


 しかし、今の彼女の顔の種類は、まるで逆のものだ。

 暗い表情を浮かばせており、母親におびえているむすめというイメージがこる。


 彼女にとっての母親とは、どういう位置いちに当たるのだろう?

 いまいち、つかめないところだった。


「私のお母さんは、その、実力主義じつりょくしゅぎなんだ」

「実力主義?」

「そう、完全かんぜん実力主義じつりょくしゅぎしゃ。魔法がそこそこ使える私に、魔法にかんするスパルタ特訓とっくんをさせて、食べる時間や寝る時間、入浴する時間以外は、私の魔法能力の向上につながる勉強や訓練を、強制的にさせる。それで、私も自由な時間が欲しくて、友達とか作って遊んでみたいと言っても――そんな無駄むだな時間はいらない。あなたは、私の指示しじしたがって魔法をきわめれば良いだけなの――って言われて。私は、自由を手にできなくて。ただ、そんな生活も長く続くと、精神的せいしんてき負荷ふかが大きくなってしまうから、それに比例ひれいするように、今の環境からしたいという気持ちがふくれていって、そして私は家出を決断した……そんな感じ」

「…………」


 僕は、その話を聞いて思った。


 ――毒親どくおやだな。


 たまに聞く、あのタイプだろうか?

 子供こどもの努力で実績じっせきを、自分の功績こうせきのようにかたるタイプの母親。


 もちろん、それが子供の自主的じしゅてきな努力によるものなら、何の問題も無い。

 しかし毒親は、強引ごういんな方法で、子供に無理やり努力をさせるものだ。

 子供の要望ようぼうなど聞く耳を持たない。

 のためを思ってやっている――というたてかまえながら、子供にきびしい教育を、自分の判断で勝手かってに受けさせる。


 子供を、自分のブランドか何かと勘違かんちがいしている、厄介やっかい人種じんしゅだ。

 そういう毒親を持つシンシアなら、たしかに家出を実行じっこうするのにも、納得なっとくがいった。


「…………」


 僕は、彼女に言った。


「シンシア」

「うん?」

「――よく、やったな」

「よ、よくやった?」

「ああ。よくやった」

「そ、それは……私が家出をしたことを、めてる感じなのかな?」

「そういう感じになるな」

「わ、私。褒められるようなことは、何もやっていないと思うけど」

「まあ、家出は褒められたことでは無いが。しかし、ざまあみろって思えるから、僕はいと思う」

「ざ、ざまあみろ?」

「ああ。今頃いまごろきっと、シンシアのお母さんは、あわてふためいている。私の計画がくるったとか、いろいろ。おそらく、発狂はっきょうしているだろう」

「う、うん。たぶん、そんなふうになっていると思う」

「だから、ざまあみろ――だ」


 シンシアは、目をパチクリとさせた。

 そして、小さなみを浮かべる。


「そうだね。私のお母さん――ざまあみろ、だね」

「ああ」


 …………。


 しかし、と僕は思った。

 こんなシンシアも、いつかは家に帰らなくてはいけない時が来るだろう。

 そしたら、環境は元通もとどおりになる。

 それは……友達の僕としては、いやな気持ちである。


 だから、できるだけ長い時間、彼女の家出が続けば良いと、僕はいない神様かみさまいのるが。

 それは、無意味むいみ行為こうい該当がいとうするのだろう。


「…………」


 それか、僕に何か出来できることがあればいのだが――……。

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