Ep.3 人見知り魔法使いの友達

第22話 緊張

 水色髪みずいろがみみ少女は、僕に向かって――私と一緒いっしょに死んでください――なんて言ってきた。


 …………うん。


 少女は、僕と無理心中むりしんぢゅうはかろうとしているのだろうか?

 だとしたら、普通に危険人物きけんじんぶつである。

 早急そうきゅうに、対処たいしょするべきだ。

 まずは、精神ケアから始めてみよう。


「何か、なやごとがあるんですか?」

「わ、私は、一緒に死ねる相手が欲しいんです……!」

「…………」


 くるっている。

 狂っているな。


いのちは、簡単に投げ出さないほうが良いと、僕は思います。あなたが死ぬと、悲しむ人だっているはずですよ」

「も、もちろん……! 簡単に命を捨てようなんて、私は考えていないですよ!」

「…………」


 どの口が言っているのだろうか?

 一緒に死んでくださいと言った数分後すうふんごには、命は簡単に投げ出さないと宣言せんげん……。

 意味が分からないのだった。


「あの、すみません」

「な、何ですか?」

「一緒に死んでくださいとは、どういう意味の言葉なのでしょうか?」

「そ、それは」

「それは?」

「は、ずかしくて。ストレートには、言えないです……!」

「…………」


 つまり、遠回とおまわしの表現をもちいた結果、一緒に死んでください、という言葉が放出ほうしゅつされたと? そういう事なのだろうか?


 …………。


 いや、なんでだ?

 何を伝えたくて、変化球へんかきゅうの言葉として、一緒に死んでくださいというサイコパス発言はつげんが選ばれるんだ?

 想像がいつかないのだった。


 少女は、口を開ける。


「そ、その……つまりですね。少しストレートに近づけて言うとです」

「はい」


 何だろうか?


「一緒に、んでください、ということです」

「……どういうことですか?」


 なぜ、む?

 この子は、僕をたたりたいのか?

 もしかしたら、ヤバい思考を持つ人なのかもしれない。


 命は、最終的に死ぬのだから、たましいが美しい時に死んでしまいましょうとか。そういうたぐいおしえを主軸しゅじくにした、特殊思想団体とくしゅしそうだんたい一員いちいんとか……。


「また別の表現で言うと、一緒にすこやかに生きてください、です」

きゅう健全けんぜんになりましたね」


 病気びょうきになれと言った矢先やさきに、健康けんこうに生きろ……。情緒不安定じょうちょふあんていだ。

 やはり、何が言いたいのか予想もつかない。


 頭のネジが二桁ふたけたほど、んでいるのではないだろうか?

 そう思えるくらいに、この少女はヤバめの性格をしているとしか、今のところは考えられなかった。


「その……結局けっきょくストレートに言うと、僕に何が言いたいのですか?」

「す、ストレートに言わないと、分かりにくいですか?」

「そうですね。今のところ、僕には分かりきれないです」

「そ、そうですか」


 僕は、もう一度聞いた。


「あなたは、僕に何を伝えたいのでしょうか?」

「それは、ですね……」

「はい……それは?」

「つ、つまりですね」

「つまり?」

「ああ……」

「…………」

「いお……」

「……?」

「あ、ああいおおおあいいあうえうえあえんあっ!」

「……!?」


 彼女は、言った。


緊張きんちょうしたけど、何とか伝えきりました……!」

「…………」


 ――いや、どこが?


 情報量じょうほうりょうは、ゼロにひとしかった。


『あぎょう』と『ん』でしか構成こうせいされていない文章など、僕には翻訳ほんやくできない。

 もしかして、この異星人いせいじんなのだろうか?

 いや、それは僕のこととも言えるが。

 とにかくだ。彼女の、僕に言いたいメッセージは、意味不明いみふめいのままだった。


「ということで、私と友達になってくれませんか?」


 と、いきなり彼女は言う。


「…………友達?」

「……………………あ」


 彼女は、ほおをリンゴいろめた。


「また、ストレートに言ってしまいました……!」

「…………ストレート?」

「はい。私は、あなたと友達になりたいんです……!」


 つまり、あれか?

 彼女は、僕と友達になりたくて、話しかけてきて、その友達希望ともだちきぼう遠回とおまわ発言はつげんとして、死んでくださいやんでくださいと言っていたと……?

 …………。

 なんでやねん。

 不思議ふしぎちゃんぎるのだった。


 あの、『あ行』と『ん』の文字で組み合わされた言葉は、緊張によるものなのか……。


「わ、私と友達になるのは……いやでしょうか?」

「…………」


 なぜ、僕みたいな人間と友人関係ゆうじんかんけいむすびたいと思ったのだろうか? という疑問ぎもんはあるが……。

 まあ見た感じ、悪い少女ではなさそうだし、別に良いかと思う。


「僕でよろしければ、友達になっても良いですが」

「ほ、本当ですか……!?」

「本当です」

「う……」

「う……?」

うれしいです……!」

「…………!?」


 彼女は、泣き始めた。

 指で、なみだをすくい取る。

 僕は、そんな少女の様子に、圧倒あっとうされていた。


「なぜ、泣いているんですか?」

「うれし泣き、というものが、この世にはあるんです……!」

「それは、知っていますが」

「嬉しいと、涙が流れてくるんです……! 初めての友達……! 私も、ようキャラの仲間入なかまいり……!」


 陽キャラの基準きじゅんひくくないか?

 ……いや、その基準値きじゅんちの考えは、個々人ここじんによるものだとは思うが。

 しかし、友達一人でようキャラは無理があると、個人的には思う。


 少女は、うれし泣きをえてから、言葉をはっした。


じつは私、こう見えてもはげしく緊張きんちょうしてしまうタイプでして」

「…………」


 どこからどう見ても、そうである。


「友達になってください――と伝えることが、なかなか出来できない人間なんです」

「……失敗しっぱいしたら、とか悪い方向で未来みらいを考えてしまいますよね」

「そ、そうなんです! 失敗したら、私、死ぬしかないなって」


 ――そうはならない。


「なぜ、友人作りに失敗したら、死がけているんですか?」

「死なないと、はじになってしまうからです……!」

「それは……すごい考え方ですね」

「心のきずは、私の恥なんです!」


 ぼう海賊団かいぞくだん一味いちみの、背中せなかきずみたいなセリフを言う少女なのだった。

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