第20話 打つ手

 アランは、顔のしわを増やし、言った。


「き、騎士きし辞任じにんしろだとっ! お、お前は何をふざけたことを言っているんだ!」

「ふざけたこと、ですか?」

「ああっ! 俺が騎士のから離れたものなら、この国は機能きのうしなくなるぞ!」


 ――自己評価じこひょうかが高過ぎるだろ。


 という、ツッコミは置いといてだ。

 僕は、口を開けた。


部下ぶかに仕事を丸投まるなげするだけの業務ぎょうむでしたら、だれにでも出来そうですが」

「お、俺は俺で、やる事をやっているんだ!」

うえの人間にこびる仕事は、このくにやくには一切いっさい立たないと思いますよ」

「そ、そうじゃないっ! 俺は、様々さまざま土地とち視察しさつや、あらたな施設しせつのアドバイスなど、俺にしか出来できないことをやっている!」

「…………」


 これは、あれだな。

 おそらく、視察という観光旅行かんこうりょこうをしているやつだ。

 新たな施設のアドバイスというのも、何かとケチをつけるだけの業務だろうと予測よそくできる。


 真面目まじめにやっている可能性もあるか――なんて考えには、まったくなれなかった。

 僕から見たアランの評価ひょうかというものは、どんぞこにまで落下らっかしているのである。


「フィル様……」

「何かな?」

「今、アラン様が口に出された仕事は、アラン様でなくても、出来ることなのでしょうか?」

「……うん、できるね」

「――フィル様!?」

「それに、彼がげて言っていた業務は、頻繁ひんぱんおこなわなくてもい業務なんだ。逆にアランは、不必要ふひつようなまでに土地の視察に行っていたな。過剰かじょうくのも、迷惑めいわくなんだけどね」

「過剰な視察……」


 僕は、アランを見た。

 彼は、両手で頭をつかんでいる。

 あせっているのか、思考しこう意地いじでも回しているのか。

 アランは、言った。


「騎士を辞任してまで、お前にゆるしをもらいたいなどとは、思わないっ! 俺は、騎士を辞めることは、絶対にしないぞ……っ! これは、確定事項かくていじこうだっ!」


 そして、完全にひらなおっていたのだった。


 ……まあ、そうなるだろうな。

 と、何となくは予想していたが。

 しかし、どうしたものか。


 この男には、何としてでも騎士からりてもらいたい。

 他人たにんの睡眠時間を、何の罪悪感もなくうばやからが、僕はきらいなのである。

 だから、絶対に騎士を辞任してほしいのだが。


「…………」


 僕は、フィルに声をかけた。


「アラン様を騎士から降格こうかくさせる手段しゅだんは、あるのでしょうか?」

「……むずかしいね。彼がみずから騎士をめると言うか、僕のとうさんがアランを騎士から除名じょめいすると言えば、彼は騎士という肩書かたがきが無くなるけど。僕の父さんは、優し過ぎるからね」

「優し過ぎる?」

「ああ。たぶん、アランがいて――もう悪いことはしません、騎士を辞めさせないでください――なんて言ったら、――分かった、反省はんせいしているなら良い――と首をたてると思うんだ」

「なるほど。優しいというのも、とき厄介やっかいですね」

「そうだね」


 …………。


「では、彼の部下の悲惨ひさん現状げんじょうを伝えて、同情どうじょうさせるというのはどうでしょうか? フィル様のお父様とうさまが優しいのであれば、元凶げんきょうであるアラン様を騎士からはずそうと、考えると思うのですが……」

「それも、難しいね」

「なぜでしょう?」

「僕の父さんは、アラン……というよりかは、騎士の面々めんめんなぞに信用しているんだ。だから、アランが真実しんじつはこうですといえば、父さんもその意見が真実だと信用してしまう」

「…………そうなんですね」


「――くくっ! どうした? なしか? 打つ手なしだろうなぁ?」



「――では、フィル様は、彼の部下を動かすことは可能でしょうか?」



「「――えっ?」」


 フィルとアランが、ほぼ同時どうじにそのような言葉をはっした。

 僕は、聞く。


「フィル様は、アラン様の部下を別の騎士の部下に異動いどうさせることとか、あるいは別の部門ぶもんつとめさせることとかは、可能ですか?」

「そ、それは、可能といえば可能だけど……それをして、キミはどうしようと言うんだい?」

「シンプルな話です。騎士アランの部下を、0人にしたいんです」


 それをみみれたアランが、「――は?」と口をだらしなく開けていた。何を言っているのか分からない、とでも言いたげな表情ひょうじょうである。

 フィルは、言った。


「それは、人事異動じんじいどうすべき十分じゅうぶん根拠こんきょがあれば可能だ。……しかし」

「では、それを実行じっこうしましょう。でないと、アラン様ではなく、彼の部下が、いつまでってもむくわれません」

「…………」


 フィルは、数秒すうびょうまよいののち覚悟かくごを決めた表情へと変わった。


「……分かった。それを実行しよう」

「ありがとうございます」


 当然、アランがだまっているはずも無かった。


「ちょ、ちょっと待てええええぇぇっ!!!?」


 僕は、口を動かす。


「何ですか?」

「何ですか――じゃないっ! それ、正気しょうきで言っているのかっ!?」

「もちろんです」

「ふ、ふざけるなっ!」

「僕は、何もふざけたことを言ったつもりは、ありませんが」

「ふざけているであろうっ! 俺の部下を0人にするなど……横暴おうぼうすぎんかっ!」

「どこがですか?」

「ど、どこがって……っ。仕事が……っ! 仕事が終わらないだろっ! それを受理じゅりできる根拠なんて、どこにも無いぞ!」

「それは、どうでしょうか?」

「なに……?」

「仕事は、あなたの力をもってすれば、簡単かんたんに終わるのではないですか?」

「そ、そんなわけが――」

「――おかしいですね。あなたは、うえものに仕事の成果せいか報告ほうこくする時、すべて自分がおこなったと、言っていたはずです」

「っ!」

「その理論りろんで話を進めますと、多量たりょうの仕事を一人でこなすつ、9時間睡眠を毎日かさずおこなっているあなたは、部下が0人でも問題が無い、ということになると思うのですが」

「そ、それは……っ」

「仕事が終わらないのであったら、上司から無駄むだもらっていた仕事を返却へんきゃくすればいだけ……違いますか?」

「――っ、――っ!」


 アランは、なみだを流し始めた。

 僕は、そんな涙に同情どうじょうなどできない。

 自業自得じごうじとくだ。


 ――アランは、言った。


「ぶ、部下が0人だと……俺は、何もできないぞ……っ!」

「では、どうしますか?」

「…………き、騎士を」

「はい」

「――辞任する」


 そうしてアランは、騎士という肩書きをうしなったのだった。

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