第19話 救えないクズ

 アランは、不服ふふく全面ぜんめんした表情ひょうじょうで、言った。


「お、俺は、お前にしっかりと、もうわけございませんでしたと、謝罪しゃざいをしただろう……! それなのに、ゆるすつもりがいとは、どういう事だ……っ!」


 僕は、返事へんじかえす。


単純たんじゅんはなしです。中身なかみの無い謝罪に、ゆるしをあたえるほど、僕のうつわおおきくないという事です……」

「な、中身の無い謝罪とは、何だ!? しっかりと、頭を下げたではないかっ!」

「でも、頭を下げただけですよね」

「――こ、小僧こぞうがっ!」


 アランは、フィルに顔を向ける。


「フィル様……! わたくしは、誠心誠意せいしんせいいめて、あいつにあやまりました。なのに、たかが異世界人いせかいじん分際ぶんざいで、えらそうに許さないとか言ってきますっ! やつは、傲慢ごうまんなのではないでしょうか?」


 おそらく、謝罪するがわ人間にんげんが言うセリフでは無い。


 フィルは、あごに手を当てていた。

 王族おうぞくの彼は、僕に視線しせんうつす。


「ナオキくん」

「はい」

「キミは、アランに何をもとめているのかな? アランが、どのような行動こうどうれば、キミは彼を許すのかい?」

「……それは、僕が直接ちょくせつアラン様と会話かいわをして、交渉こうしょうしたいと思っております」


 フィルは、うなずく。


「そうか、分かった。では、アランとはなしをするといい。必要ひつようおうじて、僕も会話にじる可能性かのうせいもあるが、かまわないかな?」

大丈夫だいじょうぶです」


 僕は、アランとわす。

 彼の表情を見ていると、まだ改心かいしんしていないように見えた。

 敵意てきいむきしの視線。

 反省はんせいなど、していないだろう。

 僕は、口を開ける。


「アラン様に一つ、質問しつもんがあります」

「……言ってみろ」

「あなたは、自身じしん部下ぶかにどれだけの時間、労働ろうどうをさせていますか?」

「……なぜ、そんな質問を?」

「……こたえてもらえないでしょうか?」

「…………」


 アランは、現在げんざい自分じぶんほう下手したてまわっている立場たちばだからか、素直すなおに質問に答えた。


あさ6時から、深夜しんや1時まで、はたらかせている。……それをって、どうするんだ?」

「…………」

「な、なんだ?」


 ――やはりか。

 と、僕は思った。


 それは、僕のこころなかっかかっていたポイントだった。

 彼の部下が、辞職じしょくしてもいと言った時に――おかね人生じんせいよりも、自由じゆうな時間を得る人生の方が幸福こうふくなのかもしれない――と言っていた。

 つまりアランの部下は、仕事の時間が非常ひじょうに長い、ということになる。

 具体的ぐたいてきにどれほどの時間、働かせているのか、になっていた。

 答えを聞いてみれば、想像そうぞう以上いじょうだった。

 仕事以外の時間は、たったの5時間しか残っていない。

 過労死かろうししてもおかしくない、労働形態ろうどうけいたいだ。

 一言ひとことで言ってしまえば、『劣悪れつあく』である。


 僕はさらに、別の質問を口にする。


「あなたは普段ふだん、どれくらいの睡眠時間すいみんじかんを取っていますか?」

「次は、俺の睡眠時間か……?」

「はい」

「……毎日まいにち9時間、取っているが」

「……そうですか」


 アランは、困惑こんわくした表情をかべていた。


「さ、さっきからお前は、何をたくらんでいるんだ? 何なんだ? この質問は?」

たくらみ……というか、あなたにやってしい事がある。ただ、それだけです」

「やって欲しい事……?」

「はい。それを実践じっせんすれば、僕はあなたの謝罪の気持きもちが本物ほんものであると、みとめましょう」

「……その、やって欲しい事とは、何なんだ?」


 僕は、言った。


「シンプルです。あなたの部下たちの労働時間を、10時間以内におさめてください」


 それを聞いた瞬間しゅんかん――アランは「は?」と反射的はんしゃてきにつぶやいていた。

 そして、抗議こうぎする。


「そ、そんな条件じょうけん……めるわけがないっ!」

「……それは、なぜですか?」

「お前は、知らないだろうがな……騎士きしという職業しょくぎょうは、非常に多忙たぼうなんだっ! だから、部下の労働時間をちぢませるなど、絶対ぜったい不可能ふかのうだ……っ!」

「騎士は多忙……? あなたの部下が多忙の、間違まちがいではありませんか? 9時間睡眠のアラン様」

「――っ! そ、それは……っ」


 そして、フィルが口をはさんできた。


「おかしいな。僕たちは、そんな大量たいりょう仕事しごとを、アランにわたしたおぼえが無いのだけれど」

「そ、それはですね……」

「もしや――」


 フィルは、核心かくしんをついた事を言う。


「お前がすすんでけていた、あの予定外よていがいの仕事の数々かずかずは、全部ぜんぶお前の部下におこなわせていたのではないだろうな? しかもお前は、その仕事を、自分がやったというかたで、うえ報告ほうこくしていたな……」

「――っ!」


「…………」


 なるほど……


 僕は、よく理解りかいできた。

 なぜ、このアランという男が騎士というくらいまで、のぼめることが出来できたのか。


 理由は、非常に単純だった。


 このクズ騎士きしは、上司じょうしおこなうべき仕事を、自分がやりますとか何とか言って、無理むりやりもらってきて、そしてその仕事を部下にけていたのだろう。

 そして、深夜まで部下に行わせたその多量たりょうの仕事は、自分の成果せいかとして、アランがうえものに報告する。

 報告を受けた人間からしてみれば、アランは優秀ゆうしゅう人材じんざいだ。

 だから、アランは昇格しょうかくすることが出来た。

 何とも、すくえないクズだ。


「…………」


 僕は、思った。


 ――コイツは、ダメだな。


 人の自由時間、ては睡眠時間までをもうばって、自分の地位ちい名誉めいよげようとする人間。

 しかも、とう本人ほんにんは睡眠をしっかりと9時間とっているという始末しまつ

 騎士アランは、ひとうえってはいけない人間にんげんだ。


 僕は、口を動かした。


「すみません、アラン様……」

「な、何だ……?」

「条件を変えます」

「条件を、変える……?」

「はい。アラン様の、僕への謝罪の気持ちが本物であるのならば――騎士を辞任じにんしてください」

「…………な、」


 アランは、言った。


「……なんだって?」

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