第18話 信用

 アランは、自身じしん部下ぶかにらみながら、怒気どきふくんだ顔を見せる。


「お、お前……っ! 何なんだ? お前まで、俺のてきになると言うのかっ!」


 アランの部下は、そんな上司じょうし言葉ことばにも、おびえた様子ようすを見せることなく、くちける。


べつわたくしは、だれてきでも味方みかたでもありません。ただ、真実しんじつべただけです」

「し、真実だと……っ! 違うっ! 違うぞっ! 真実は、俺が被害者ひがいしゃで、あの異世界人いせかいじん加害者かがいしゃなのだっ! みんな……みんな洗脳せんのうされているだけだっ!」

かりに、みながソネナオキに洗脳されているとして……。ではなぜ、あなただけが洗脳されていないのでしょうか? わたくしが、アランさまのいう加害者かがいしゃがわ立場たちばっていたとしたら、まず間違まちがいなく、アラン様も洗脳すると思うのですが……」

「そ、それは……っ」

「それは? 何ですか?」

「そ、そうっ! それは、俺が特別とくべつだからだ!」

「どうせ――俺は洗脳のちからくっしない偉大いだい騎士きしだからだ――とか何とか言うのでしょう」

「部下の分際ぶんざいで、えらそうにセリフを予想よそうするんじゃない!」


 ――図星ずぼしかよ。


 僕は、彼の部下を見た。

 どうしようもない上司じょうしひとみをしっかりととらえながら、冷静れいせい対話たいわをしている。

 たのもしい人物じんぶつだった。


 だがアランは、まだ藻掻もがくつもりのようだ

 とんでもない発言はつげんしてくる。


「お前、これ以上いじょうめたことを言ったら、分かっているな? 家族かぞくやしなかねが、もらえなくなるぞ……」


 このクズが――と思う。


 人の家族をたてにして、自分の味方を無理むりやりやそうとしている。

 最低さいてい人間にんげんなのだった。


「アラン様……」

「どうした? 俺の冤罪えんざいらすつもりになったのか?」

「――いえ。いつまで、こんなくだらない事をやっているつもりなのですか?」

「…………」


 数秒すうびょう沈黙ちんもくあと、アランは口をポカンと開けた。


「――は?」


 予想よそうだにしていない展開てんかいになったからだろう。

 現実げんじつれるのに苦労くろうしている様子になっている。

 彼の部下は、言った。


「はっきりと言います。わたくしは、我慢がまん限界げんかいなのです。あなたの部下としてはたらくくらいなら、辞職じしょくしてもかまわないと考えております」

「な、なぜだ? なぜ、そんな強気つよき態度たいどでいられる……っ! お前は、自己中心的じこちゅうしんてき理由りゆうで俺にきばけて、家族をてるというのか! この、人間のクズめ!」

「……人間のクズとは、自分のことを言っているのでしょうか?」

「はぁ!?」


 もはや、病的びょうてきなまでにうそつらぬいているアラン。

 近くから見ると、正直しょうじきみにくい人間にしか見えなかった。


 彼は、改心かいしんすることが可能かのうなのだろうか?

 できるものなら、したほういと思う。

 そうでもしないと、このように部下からの信用しんようくしていく。

 人生じんせいそこちるのも、時間じかん問題もんだいであろう。


たしかにわたくしは、アラン様の部下をめると、今よりも給料きゅうりょうがると思います。生活水準せいかつすいじゅん低下ていかするでしょう。でも、生活はできます。ぎゃくに、家族との時間がえ、幸福こうふくつかめる可能性かのうせいもあります。こんな仕事しごとをして、たかいお金をるくらいでしたら、別の仕事にいて自由じゆうな時間を得たほうが、はるかにマシです」

「――っ! お、俺を蹴落けおとしてまで、お前は自分じぶんしあわせを掴みたいとねがうのかっ!?」

「アラン様を蹴落としてまで、ですか? ……それは、ちがいますよ」

「何がどう、違うと言うのか!」

「アラン様は、蹴落とされたのではなく、自分で自分を蹴落としたのです」

「それは、どういう意味いみだ?」

「何のつみも無い人を、理不尽りふじんに蹴落とそうとした結果けっかかえちにあった。ただ、それだけです。つまりこれは、自業自得じごうじとくというやつなんですよ」

「――っ、っ!」


 そしてアランは、顔をガクッとげた。

 あきらめの気持きもちになったからなのか、無言むごんになっている。

 そんなアランに、フィルが声をかけた。


「アラン。お前は、嘘をつきぎたんだ」

「……………………す、すみません」

あやま相手あいてを、間違まちがっていないか?」

「――っ」


 アランは、僕に顔を向けた。

 そして――


「このたびは、わたくし私利私欲しりしよくのために、ソネナオキ様にご迷惑めいわくをおけし、たいへんもうわけございませんでした」


 と、謝罪しゃざいをしてきた。


「……………………」


 僕は、これで素直すなおゆるしの言葉をかけてもかった。

 だが――。

 だが、だ。

 それでは、この男は何も変わらないだろう。


 今までも、おなじようなやりくちで改心したように見せ、そして同じあやまちをかえしてきたものだと予測よそくできる。

 この男を改心させるならば、別のやりかた変更へんこうしなければならない。

 でないと、結果は何も変わらない。


 いやな気持ちではたらかなければならない部下は、一人も減少げんしょうしない。

 だから僕は、つめたい言葉をはなった。


「たったそれだけの言葉で、許してもらえると、本当に思っているのでしょうか?」


 顔を上げたアランは、表情ひょうじょうゆがませていたのだった。

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