第21話 これで嫁に出してくれ

 アークドラゴンの皮はおそろしく堅かった。

 包丁では簡単に刃が欠けてしまったので、ダイモンドカッターで切り開いていく。

 続いて血抜きだ。


「調べた本によると、アークドラゴンの血には、芳醇な香りとコクがあって、フルーツを加えて煮詰めるとソースになるらしいのよ。」

「確かに、肉を食った時に、微かな香りがあったな。」

「剥いだ皮は、防具やバッグの素材よ。このサイズなら金貨20枚だって。」

「まあ、皮は需要が高そうだな。」

「角と爪は武器屋のおじさんが、金貨8枚で買い取ってくれるわ。」

「交渉済みなのかよ。」

「目玉、骨、内臓は薬屋のおじいちゃんが金貨10枚出すって言ってたわ。」

「なあ、肉以外で金貨50枚になるんじゃねえか?」

「腱を煮詰めてドロドロにすれば、防水・防食の塗料になるから、大工のおじちゃんが買ってくれるわ。」

「肉まで含めれば、金貨100枚以上になるんじゃねえか?」

「だから、私とレオで折半よ。」

「獲物を狩って、運んで、解体してる俺と、それを見ているだけのお前が、どうして折半なんだよ。」

「あら。レオがいない間に、勉強を教えて、ご飯を食べさせて、寝かしつけたのよ。主婦の苦労があなたに分かるかしら?」

「誰が主婦なんだよ!」

「シーッ、起きちゃうでしょ。」


 しらない間に呼び捨てにされている。

 地球で暮らしていたころの、子持ちリーマンになった気が……、いや、半分還元されるだけ優遇されているのかもしれない。


「はい。これにマイクロ波照射、2分ね。」

「おう……。」


 アークドラゴンによる宣伝効果は抜群だった。

 肉を仕入れに来る料理屋や、総菜を買っていく客が後を絶たない。

 煮込み料理に万能薬を3滴垂らした効果なのか、この店の総菜を食べると元気になるという噂が広まってしまった。

 まあ、病気の予防になるならいいか。


 姉妹にも笑顔が増え、暇な時には店を手伝うようになった。

 俺も、週に1回の狩りに、安心して出かけられる。


「背中肉の香草焼きを考えているんだけど、もう少し爽やかな香りのハーブってないかしら。」

「爽やかねえ、まあ、少し探してみるか。」


 俺には嗅覚があるので、探すのは簡単なのだが、爽やかというのは漠然としたイメージなのだ。

 レモン系、ミント系など、いくつか採取して渡す。


「すごい!こんなハーブ初めて見たわ。」

「南の崖に生えてたんだ。量はそんなに取れないぞ。」

「うん。これなら少量でも印象の残る香りになるわ。ありがとう。」

「おう。」


 気が付くと3カ月過ぎていた。

 家族ではなかったが、それっぽい生活だった。

 週に1回、アークドラゴンを狩って持ち帰る。

 魔石を売った金も貯まり、リサとサキの姉妹には十分な生活をさせてやっているのではないか。

 二人の茶色い髪は俺と似ているし、シースが編んでくれた三つ編みも似合っている。

 文字や生活魔法も覚え、これからどんどん大きくなっていくのだろう。


 だが、いくら家族のような生活をしていても、俺には愛情といえるような感情はなかった。

 この生活を続けていれば、俺にもそういう感情が生まれるのだろうか……自信はなかった。


「何を考えてるの?」

「いや……別に。」

「レオって、何考えてるのか分からないんだよね。」

「そうか?」

「リサとサキの事はどうするつもりなの?」

「分からない……。」

「そうだよね、赤の他人なんだから。」

「……、俺には薄っぺらな感情しかないんだ。」

「えっ?」

「怒りや悲しみ、愛情や憎悪という感情が、多分欠如している不完全な人間なんだ。」

「……、あの子たちも似ているよ。」

「……?」

「何があったのか知らないけど、感情を殺してるように感じるんだ。だから、寂しくても悲しくても泣かない。」

「そういえば、父親が行方不明だと告げても泣かなかったな。」

「ホントに行方不明なの?」

「……いや、俺が見つけた時には、死んでいた。」

「私は、あの子たちの母親にはなれないわよ。」

「そこまで望んではいないよ。でも、嫁ぐまで……か……。」

「ここにも、嫁がせなきゃいけない娘がいるんだけどな。」

「20才だっけ?」

「まだ19才だよ。」

「そうか、がんばれ……。」


 久しぶりに、リサとサキの服を仕立てに来た。


「好きな生地を選んでいいんだぞ。」

「なんでもいい……。」

「遠慮するな。俺は金持ちなんだ。」

「いい。お兄ちゃんが選んで……。」

「いやだ!お母さんが選んでくれたのがいい!」


 そう叫ぶと、サキは店から飛び出していった。

 リサが後を追う。


 俺は店員に謝罪し、二人を追いかけた。

 匂いをたどると、二人は町の外に出ていた。

 俺は急いで二人を追いかけた。


 二人は墓地にいた。

 泣きじゃくるサキをリサがなだめている。

 墓には、父親の微かな残り香があった。


「お母さんの墓か。」


 リサはこくんと頷いた。

 リサの目にも大粒の涙が溜まっている。

 悲しみも愛情も分からない俺は、そこにいることしかできなかった。

 二人の気持ちが分からないのだ。


「お兄ちゃんの……お母さんは?」


 リサが掠れた声で聞いてきた。


「俺は……生まれた時から一人だ。親はいない。」

「じゃあ、どうやって大きくなったの?」

「赤ん坊の俺を拾って、育ててくれた爺さんと婆さんがいたんだ。」

「その二人は?」

「随分前に死んだよ。」

「悲しかった?」

「いや、よく分からなかった。」

「……お母さんが死んだ時ね。」

「ああ。」

「二人で泣いていたら、お父さんに怒られた……。うるさいって……。」

「だから泣かなかったのか、我慢して。」


 リサがこくんと頷いた。


「ガキは、無理せずに泣いていいんだぞ。」

「いいの?」

「ああ。好きなだけ泣け。」


 二人は大声で泣き続けた。

 俺の腕の中で。


 俺の胸の奥で、小さく音が鳴った。チリっと。


 泣きつかれて眠ってしまった二人を抱いて、俺は家に帰った。

 布団に寝かせた二人の顔を見て、この先どうしたら良いのか考えてみた。



「一度王都に行ってくる。」

「どうしたの急に。」

「国王に任命された医師として、ケジメをつけてくる。」

「ケジメって?」

「全部の町をまわって患者を治療してきた。王都に治療の必要な患者がいたら助ける。いなければ、それで終わりだ。」

「戻ってくるのね?」

「悪いが、その間、妹の面倒を頼めないだろうか。」

「へえ、お兄ちゃんになったんだ。」

「茶化すな。万一の事があったら、これで二人を嫁に出してやってくれ。」

「すごい量の金貨ね。」


 俺は木箱に詰まった魔石を出した。


「こいつは、お前の持参金にでもしてくれ。」

「こんなに沢山の魔石、どうしたの?」

「A3ダンジョンの地下13階層まで毎週潜ってるんだ。これくらい貯まるさ。」

「いつ頃帰ってくるつもりなの?」

「そうだな、前に住んでいた家に残してきた荷物もとってきたいから、2週間ってところだな。」

「それ以上過ぎたら、賞味期限切れちゃうわよ。」

「ああ、明日2頭狩ってくるよ。」

「バカ!」


「ねえ、お姉ちゃん怒ってたよ。」

「ああ。俺がいない間、シースのいうことを聞いていい子にしてるんだぞ。」

「してるんだぞ!」

 

 オウム返しだが、サキは声を出すことが増えてきた。

 そして二人は、ピンクと黄色に花柄のワンピースを着ている。

 二人が自分の意思で選んだものだ。

 翌日、アークドラゴン2匹を持ち帰った俺は、王都へと旅立った。

 夜通し歩けば、3日で到着する。



【あとがき】

 小さな変化が……。 

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