第19話 乾燥……なにその便利なスキル

 ノルの町へ向かう途中、俺は人家に立ち寄って声をかけた。


「旅の薬師ですけど、何か困ってないですか。」

「ああ、昨日ジイさんが屋根から落ちて動けねえんだけど、診てくれるかい?」

「ああ、いいですよ。」


 サーチで確認したところ胸のあたりに炎症がある。


「もしかしたらあばら骨が折れてるかもしれませんね。このあたりは専門じゃないんで完全に治せるかは分かりませんけど。」


 胸に万能薬を塗り、炎症を抑えるため少し飲ませた。

 爺さんの顔から苦しそうな表情が消え、寝息をたてている。


「とりあえずの処置はしましたので、これで大丈夫だと思います。」

「なあ、その薬を置いて行ってくれんかのう。」

「俺もこれしかないんで、容れ物があれば少し分けますよ。」

「なんじゃ、ケチじゃのう。」


 ブツブツ文句をいわれたが、出してきた器に少し分けた。


「蓋をしないと蒸発しちゃいますよ。」

「そんなもん、ありゃせんわ。」


 量が少ないのが不服らしい。

 こういう人は感謝よりも要求が大きいのだろう。

 文句を言われながら家を後にする。


 俺は待たせておいた馬車の屋根に乗り、細い触手を操って吸収をつづけた。


 ノルの町は静かだった。

 食べ物屋も出ていない代わりに、無法者みたいな人間もいない。

 話を聞くと、農地にできる場所を探して、みんな出払っているとのことだった。

 俺は御者に馬の世話を頼み、町の外に出かけた。

 円盤を使えば開墾は簡単なのだが、どこを開墾したら喜ばれるのだろうか?

 そんなことを考えながら歩いていたら、ふいに名前を呼ばれた。


「レオさんじゃないですか!」

「おお、ミシェル……。」

「姉さんは……?」


 ミシェルは感じ取ってくれたようだが、俺は正直に話した。


「残念です。やっぱり、集団でないと生活の維持はむつかしいですね。」

「ああ。もう定住はあきらめたよ。」

「そうですか、俺たちはここを切り開こうって決めたので、人を集めているんです。よかったら一緒にどうですか?」

「住むつもりはないが、手は貸してやるよ。そうだ馬車が2台あるんだが、使うか?」

「えっ、馬がいるんですか?」

「ああ。連れてくるから待ってろ。」


 町に戻ったが、馬車と御者の姿がない。

 俺は匂いを追って、一軒の屋敷で馬車を見つけた。


「おい、なんで移動したんだ?」

「お、俺たちは雇われたんだ……。」

「そうか、だが、馬車と馬は俺のものだ。連れて行くぞ。」

「勝手なことをされると困りますね。」

「勝手?」

「僕は、馬車を含めて二人と契約したんですよ。」

「それは残念だったな。今、馬車の持ち主は俺だ。」

「それを決めるのは、御者である二人ですよ。」

「ほう、そうなのか?」


 御者の二人は無言だった。


「そうなのか?」

「い、いえ……。」

「今更、違うといわれても困りますね。もう、私の管理下に入ったんですから。」

「それは、俺の知ったことではない。馬車は持っていく。」

「クククッ、できると思いますか?」

「当然だ。こい。」


 俺は触手で馬車のストッパーを外して馬を呼んだ。

 馬には俺が主人だという暗示をかけてあるのだ。

 馬は俺に命じられて近づいてくる。


「な、何をやっているのですか。馬車を止めなさい!」


 御者の二人には催眠をかけてあるので身動きできない。


「よい。いいこだ。ついてこい。」


 俺はそのまま、2台の馬車を屋敷の外に連れ出した。

 と、俺たちの前に5人の男が立ちふさがった。


「おっと、どこへ行くのかな?」

「そこをどけ。」


 瞬時に催眠をかけて男たちをどかせる。


「お待ちなさい!」


 さっきの男だった。


「ならば対価を払いましょう。金貨1000枚で如何でしょうか。」

「金貨に何の価値があるんだ?」

「では、剣と鎧を10人分で如何でしょう。」

「俺は武具は使わないんだ、残念だったな。」


 その時だった。


「何をやっているのですか!」


 振り向くと金髪の少女が立っていた。

 年齢は7才くらいだろうか……。


「お嬢さま、申し訳ございません。」

「馬車を入手したというので来たのですが。」

「残念だったな。馬車は俺のものなんだ。」

「一人で2台も使うのですか?」

「いや、ここの住民が外に農地を作るというので、そいつらにやるつもりだ。」

「「えっ?」」

「馬車があれば、作物を運ぶのに便利だろ。それに、4頭いれば繁殖に使えるかもしれん。」

「まあ、そうでございましたか。それならば、当方にお引止めする理由はございません。」

「分かってくれてよかった。じゃあな。」


 俺は2台の馬車をひいてミシェルの元に戻った。


「すごい!本当に馬が手に入るなんて。」

「ああ、俺には必要ないからやるよ。好きなように使ってくれ。」

「4頭もいるなら繁殖に使えるかもしれませんね。」

「馬は貴重だからな。そうなればいいんだが。」


 そのあとで、ほかの人間も含めてこの土地をどう使っていくのか話し合った。

 夕方になり、ミシェルたちは町へ帰っていった。

 俺は話し合いの内容に沿って木の枝を落とし、皮を剥いて丸太を積み上げていく。

 枝は牧場の柵に加工して円盤を使って開墾もしておいた。


「レオさん!これは……。」

「ああ。夜のうちにできることはやっておいた。イメージと違っていたら直すから言ってくれ。」

「いったいどんな魔法を使ったんですか?」

「ああ、最近覚えたスキルなんだよ。」


 俺は円盤を動かして実演して見せた。


「これは、予定より早いけど大工さんにも来てもらうようですね。」

「木が乾いてないから、まだ加工はできないだろう。」

「スキルで木材を乾かせる人がいるんですよ。」

「ほう、そいつは便利そうだな。じゃあ、下の林も伐採して、丸太にしておいた方がよさそうだな。」

 

 ミシェル達は町へ戻って種や農具を持ってきて畝作りを始めた。

 そして翌日やってきた大工さんにちょっとだけ痛い思いをしてもらい”乾燥”のスキルを手に入れた。

 これで、丸太を円盤で切って板にできる。


 数日で、作業小屋と厩舎が完成する。

 乾燥のスキルで干し草も作れたのだ。


 馬は立ったまま眠ることもできるが、リラックスして眠るためには横になる必要があるらしい。

 一通りの形が出来上がると、大工さんは家を立て始めた。

 完成したら、町には戻らずに、ここで暮らすそうだ。


「そうだ、これをやる。」


 俺は万能薬をひと便ミシェルに渡した。

 

「やった。ありがとうございます。」


 俺はそろそろここを離れようと思っていた。

 今夜のうちに周辺の魔物を片付け、明日には西に向かおう。


 翌朝、ミシェルと共にやってきたのは、町で見かけた金髪の少女だった。

 父親らしい男性も一緒だ。


「レオさん。昨日いただいた万能薬を寝込んでいた領主に使ってもらったんです。そうしたら挨拶がしたいってついて来ちゃって……。」

「レオ君、覚えているかな?」

「えっと、確か医師の……街に似た名前の……。」

「あはは、ノエルだよ。あの時はお世話になったね。」

「ああ、お久しぶりです。でも、なんで領主に?」

「あの大災害で領主と長男が亡くなってしまったんだ。そしたら、領主の娘婿である僕がやれっていわれてね。」

「そうだったんですか。じゃあ、その子は、まさか……。」

「君に助けてもらった、娘のアイリだよ。」



【あとがき】

 こんなところにも知り合いが生き残っていました。

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