第18話 鳥人間

 足代わりの長い触手については、強度や柔軟性を上げる必要があった。

 強度が強すぎても着地でポッキリ折れてしまうし、柔軟性を上げるとヘニャってなってしまう。

 走るのは当分無理だろうから、せめて早歩きできるくらいにはしたい。

 半日かけて丁度良さそうな感触を得たので、触手を何度も修復しながら早歩きを練習する。

 

 時速50kmくらいで早歩きできるまでに2日かかった。

 あとは、この状態を長時間維持できるように、ひたすら訓練だ。


 この反復訓練は結構しんどかった。

 触手に神経を使うし、足をつく場所も見極める必要がある。

 半日訓練するとヘトヘトになった。

 それでも、ダンジョンに潜って栄養補給をして、宿に帰って熟睡する。

 おかげで、大量のジュエリーサンドを持ち帰ってこられた。


 ジュエリーサンドは一定の温度で加熱してやると再結合し宝石に生まれ変わる。

 温度と加熱時間が微妙で、うまくいくと透明度の高いアクセサリーが出来上がるらしい。

 こんな時代に必要なのかと思うが、まあ、昼間は農作業に出ているらしいので文句はない。

 若者たちは村に合流し、今は村長の元で戦闘訓練を受けているという。


 町の周辺の俺が耕したエリアには種が撒かれ、農業エリアとして活用されている。

 人口300程度の小さな町だが、何とか活気を取り戻しつつあった。

 数日かけて周囲の魔物を狩った俺は村長に告げた。


「周辺の魔物は狩っておいた。明日には東のワラルに向かおうと思う。」

「行ってしまわれるのですか……。できれば町にとどまっていただけると……。」

「俺はお前たちの保護者ではない。亡くなった国王との約束があるから、医師としての活動は続けているが、それだけだ。」

「そうですよね……。」

「とはいえ、まだシャドウキャットを無傷で倒せるレベルではないだろう。これを置いていくから、無くなるまでに実力をつけるんだな。」

「ありがとうございます。」


 俺は村長に瓶にギリギリまで入った万能薬を渡した。

 そして翌朝、ワラルに向けて歩き出した。

 周辺を確認しつつ、ダンジョンにも寄っていくので、普通に徒歩で移動するのだ。


 魔物や動物や薬草類を吸収しつつ、円盤2枚を操作して歩く。

 途中のA-6ダンジョンに潜り、”インパクト”を取得した。

 これは、触れている状態から衝撃を与えるスキルで、身動きできない状態からでもダメージを与えられる。

 予備動作がないため、人間の不意打ちには効果的かもしれない。


 そして、B-2ダンジョンで、”マイクロ波”と”フローズン”を会得した。

 マイクロ波は相手の体内を振動により加熱するスキルで、フローズンは内側から凍らせるスキルだ。

 つまり、電子レンジと瞬間冷凍庫みたいなものだろう。

 このスキルがあれば、ダンジョンでの調理も可能となり、多分便利になるだろう。

 俺にはあまり影響ないが。



 東の町ワラルは一見すると問題のない町に思えた。

 大通りには食料品を中心とした露店が並び、人もそれなりに多い。

 だが、武装した兵士の隊列が現れれると、露店の人以外は路地裏に消えていった。


「おい、兄ちゃん早く隠れるんだ!」


 店のオヤジがそう忠告してくれたが、俺は露店の前で兵士たちを眺めていた。

 約30人ほどの隊列は俺の前で止まった。

 

 馬車というか客車の部分を人が引くというふざけた乗り物の窓が開き、顔のでかい男が出現した。

 多分、デブなのだろう。


「見ない顔だな。何者だ?」

「旅の薬師だ。」

「この町に立ち入った者は所持品の3割を徴収するきまりだ。あとで、領主館に持参せよ。」

「断る。」

「なに!」

「病人やけが人がいるなら診るが、それ以外に興味はない。このまま出ていくから、俺に関わるな。」

「そうはいかない。立ち入った時点で納税の義務を負うのだ。」

「それがルールだというのなら、入口にでも張り出すんだな。だが俺には税など払う意思はない。」

「抵抗するというのなら拘束して所持品を没収する。」

「うぜえ奴だな。出ていくと言ってるんだから放っておいてくれ。」

「捕らえろ!」


 兵士が5人、俺を取り囲み槍を突きつけてきた。

 俺は槍先を円盤で切り落とした。


「何をしておる!全員でかかれ!」


 押し寄せる兵士にスパイダーネットを放って転倒させる。


「ググッ、やれっ!」


 その瞬間、俺の体が動かなくなった。

 手を封じられたことで円盤が動作不安定になったため袋に戻した。

 毒系はほとんどのスキルを持っており耐性もある。

 身体的な麻痺でもなさそうだ。

 スキルは使える。となると呪い系か……。

 残念ながら呪い系スキルは一つも持っていない。

 どうするか迷っていると、どうやらさっきのデブが馬車から降りてきたようだ。


「さすがにお前の呪縛には逆らえんようだな。」

「恐れ入ります。」


 顔が動かせないので姿は見えないが、声は女だった。

 こいつが術者なのだろう。

 エコーロケーションで姿を捉え、触手を放って左手を食いちぎり吸収する。

 スキル”呪縛”を会得すると同時に耐性ができて動けるようになった。

 術者の女は左手を抑えて悲鳴をあげている。


「残念だったな、女の術は俺には効かない。」

「ば、バカな!こいつの術から逃れることなど……。」

「残念だったな。」


 俺は手に入れたばかりの呪縛でデブを黙らせた。

 出血の続く女の手首を触手で締め上げ、万能薬で治療して少しだけ口にも含ませる。


「こ、こんな……。」

「この町に干渉するつもりはない。俺は出ていくから後をおいかけてくるなよ、デブ。」


 俺はそのまま町から離れることにした。

 どういう状況なのか知らないが、農業も狩猟も行われているようだ。

 そうであれば、税が高いとか独裁政治だろうが俺には関係ない。


 俺はワラルを出て北の町ノルを目指す。

 もちろん、人家があれば立ち寄る。

 俺を育ててくれたような老夫婦がいるかもしれない。

 そんなことを考えながら歩いていたのだが、突然心臓が止まった。


 心臓は止まったが、俺の意識は冷静だった。

 すぐに心臓を再構築して血液を循環させる。

 ああ、普通の人間なら死んでるぞ……。

 原因は不明だが、人為的なものを感じた俺はそのまま横たわっていた。

 俺のエコーロケーションは、近づく2台の馬車と発動された魔法を感知していた。


 俺は隠密のスキルで姿を背景に溶け込ませつつ、草むらに身を隠した。

 俺の倒れていた場所に氷の槍や火の槍が次々と着弾した。

 いずれもそれなりの威力があり、道には大きな穴ができていた。


 やがて馬車が近づき、一台の馬車から6人の男たちが降りてきた。

 もう一台からは、少し前に別れたデブと男二人。

 さっきの心臓停止がスキルによるものだったら、この中にいる誰かのスキルなのだろう。

 俺は触手を細く伸ばし、順番に太もも付近を刺してごく僅か抉った肉片を吸収していった。

 男たちにとっては、虫に刺された程度の感覚だろう。

 だがスキルを持っていれば俺に会得される。


 ああ、そうか。町でこれをやれば、本人の気づいていないスキルを発掘できるかもしれない。

 俺は呑気にそんなことを考えていた。

 そして俺は”心停止”と”催眠”と”暗示”を覚えた。

 ああ、心停止は単なる殺人スキルだ。

 そのスキルを持っていた男の首を触手で刎ねる。

 こんなのを生かしておいてもメリットはない。


 そして残りの男たちは心停止で殺しておいた。

 御者からは”乗馬”スキルを手に入れたが、まあ殺す必要もないので帰らせた。

 俺は2台の馬車を手に入れたのだった。



【あとがき】

 振り出しに戻る。

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