第12話 振り出しに戻る

 サクラさんからの手紙は、自分の配慮が足りなかった。俺がそんなに苦しい思いをしているとは知らなかったというものだった。

 局長やアンヌさんに聞いて、俺がどれほど集中していたか聞いたらしい。

 確かに触手の操作中は、視覚も聴力も遮断して触手の動きに集中していた。

 あの瞬間に襲われれば、子供にだって簡単に殺されてしまうだろう。


 だけど、そういうのはどうでもよくなっていた。

 俺が手を出さなければ彼女たちは死んでゆくだけだ。

 そこに俺が”生”という選択肢を与えた。それだけのこと。

 俺に秘部を見られたことで死を選ぶのなら、それも彼女たちの自由だ。


 今回俺は、女神像のほかにいくつかの鍾乳石を持ち帰ってきた。

 それを使って、思いつくままに彫っていく。


 翌日、俺は医師局へ訪れた。

 

「局長、よろしければこれを応接とかに飾ってくれませんか。」

「これは……。」

「生きるという事を俺なりに考えたイメージです。」

「女神像と……小さな天使たち……どうしたのよ、これ。」

「だから、作ってみた。」

「誰が……。」

「俺しかいないだろ。」

「いやいやいや、そういうレベルじゃないでしょ。」

「これは、アンヌさんをイメージしました。よかったら、差し上げてください。」

「なんでアンヌに……。」

「生きて欲しいからです。」

「そういう意味か。陛下に言って、正面玄関に飾らせてもらおう。多くの人に、君のメッセージが届くように。」


 俺は帰りにアラーナ課長の家に立ち寄った。


「元気そうでよかった。」

「ありがとうございました。あの時は取り乱してしまって……。」

「ごめん。治療に集中すると、色々と配慮に欠けてしまって。」

「あの時のレオ様は、怖いくらいに集中されていて、それだけ本気だって伝わってきましたから大丈夫ですよ。」

「君をイメージして作ったんだ。よかったら部屋にでも飾ってくれるかな。」

「えっ、この天使……手作りなんですか?」

「ああ。あの時に感じていた、君に生きてほしいっていう気持ちをイメージしてみた。」

「はい。レオ様にいただいた命ですから、誰かの力になれるよう頑張ってみます。」


 シェリーも元気になってくれてよかった。

 

 その日は家に帰ってゆっくりと寝た。

 久しぶりの布団は気持ちいい。


 翌日、冒険者ギルドにいくと査定の結果が出ていた。


「買い取り額は金貨519枚になります。」

「凄い額になったね。預金でお願いします。」

「はい。それから、指名依頼が3件。いずれも解決済となっています。」

「指名依頼ですか?」

「伯爵家からの依頼で、石化病の治療薬生成が2件と薬事局からのウロコ病治療薬生成が1件。褒賞はBランクへの指名依頼ということで各金貨5枚ですが、全部人命に関わる依頼ですので200ポイント。3件で600ポイントです。」

「へえ、そんなに凄いんだ。」

「今回のA1ダンジョンのポイントが519ポイントですから、合計で1000ポイント達成です。」

「えっ、それって……。」

「ギルドマスターの承認も降りましたので、Aランクに昇格です。おめでとうございます。」


 聞きつけた周りの人から拍手をもらった。

 受けられる依頼の幅が広がるのは嬉しい。

 それと、トリネリ草の採取依頼は、今回の薬事局からの依頼に置き換わったと聞いた。


 なんだか、順調すぎて怖いくらいだ。



 ある日、俺は城に呼び出された。

 緊急事態だという。


「すまない。石化病が急激に広まっている。」

「原因は?」

「不明だ。医師は各町に派遣しているが、薬が足りない。」

「分かりました。」

「薬草類は冒険者ギルドに依頼してある。薬事局も協力してくれるので、君は万能薬の作成に専念してほしい。」

「了解。」


 ストックの薬草類を吸収して、薬を抽出していく。

 その間にも患者は増えていく一方だという。

 王都だけで10人だった患者が翌日には20人と倍増していくのだ。

 俺も、外で石化虫の成体をとらえた。

 体長が10cmと驚くほど成長している。

 夜行性らしく、夜中に飛び回って、人間の口の中に卵を産みつけているようだ。


 城で処置できる医師は10人。

 残りは他の町に出向いている。


 一人の医師が30分に一体処理できるとしても、10時間続けて1日20人。

 10人で200が限度だった。

 倍々で増えていく患者は、あっという間に限界を突破し、対処しきれない患者が医師局にあふれている。

 そして息を引き取った患者の喉を食い破って成体が出てくる。

 交差する職員の悲鳴と石化虫の羽音。


 あっけなく王都は壊滅した。

 肉食の石化虫は、家畜や人間を食い荒らし唐突に去っていった。

 

 どれくらいの人間が生き残っているのだろうか。

 エコーロケーションで多少の人間は確認できた。

 俺も全身を食われ、おそらく最初の肉塊程度が残っているのだろう。

 散らばった骨を吸収するが、周囲に吸収できるものがなかった。

 

 エコーロケーションをフル活用し、記憶を頼りに食堂へ行く。

 骨や内臓など、吸収可能なものが残っていた。

 野菜も調味料も、吸収できるものは片っ端から吸収して、目を作った。

 移動可能なムカデのような足も作って、何とか活動できるレベルになった。

 

 さらにネズミなどを吸収してウロコアーマーも形成できた。

 これで、少しは活動できる。


 城の中にも、石化虫の食い残した残骸が散らばっている。

 俺は、それらも躊躇なく吸収した。


 エコーロケーションで人間の接近がわかった。

 何か棒のようなもので叩かれた感触はあったが、その程度ならアーマーが防いでくれた。

 人が集まってくる気配があったので、俺はカサコソと物陰に隠れた。


 他人から見たら、不気味さしかない物体が、人の残骸を漁っているのだ。

 我ながら可笑しくなってきた。


 夜まで待って城の外に出る。

 暗視のスキルを使いながら、城の外に向かって移動し、貴族の屋敷や民家を漁っていろいろなものを吸収していく。

 夜が開ける頃には、犬ほどの大きさに成長し、それなりの骨格も作ることができた。

 足も、四足獣っぽくなってきた。

 

 ウロコアーマーはそのままにして、両目と耳と鼻と口を作り、犬っぽく整えていく。

 これで、嗅覚・聴覚も使える。

 考えた末に、俺はC7ダンジョンに向かうことにした。

 王都の南10kmだった気がする。

 ダンジョンならば、食い荒らされていないだろうし、Cクラスならば今の俺でも大丈夫だと思う。


 俺は南に向かって歩き出した。

 犬やネコ、山犬にイノシシ。

 遭遇したものはとにかく吸収して体を作っていく。


 C7に着く頃には、5才くらいの体を作れるようになっていた。

 やはり、人間の体の方が使い勝手がいい。

 指から伸ばす触手もしっくりきた。

 ギルドの分署は誰もいなかった。

 入場料を払うこともなく、俺はダンジョンに入っていった。


 触手のコントロールも最初はうまくいかない。

 何度も繰り返して精度と速度をあげていく。

 そして硬く、細く。

 どれくらいの時間が経ったのだろう。

 斬撃は以前と同じように出せるようになったし、何本もの触手を使いこなせるようになってきた。

 出会った魔物は斬撃からの吸収で処理したが、魔石をどうするか。

 まあ、今のところ使い道がないのだが……。


 そして、ダンジョンに潜る前に腰に巻きつけていた皮も小さくなってきたので、一旦外に出た。



【あとがき】

 世紀末ですね……。

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