第11話 彫刻

 翌朝、俺は薬事局に出向いた。

 万能薬を提供するためだ。

 3種の薬草を手から吸収し、指からビンの中に滴下する。


「まさか、本当に指から出てくるとは……。」

「これじゃあ、レシピをよこせと言っても無理ですね。」

「しかし、薬事局に入ってこなかった理由は、誰も彼に求めなかっただけって笑えるよな。」

「そりゃあ、売ってくれと言って断られたら、欲しいとは言えないだろ。」

「まあ、ノルの薬ギルマスが強欲だってのは有名な話だったけどな。」


「じゃあ、約束の3本です。」

「ああ、すまないね。」

「お嬢さんの具合は如何ですか?」

「私も徹夜で報告書を書いていたのだが、今朝は口を聞いてもらえなかったよ。」

「まあ、歩けるようになったのでしたら大丈夫そうですね。また何かあったらここにメモを入れておいてください。」

「ああ、すまなかったな。君は娘の恩人なんだから、何か礼をしないとな。」


 医師ギルドにも立ち寄って、薬事局でのことを報告したのだが……。


「あなた、まさかと思ったけど、17才の娘に対して、無許可で肛門に指を突っ込むなんて……ド変態よね。」

「治療なんだから仕方ないだろ。不治といわれる病気だったんだし。」

「乙女には死んでも見られたくない場所があるのよ。その筆頭が肛門。それをあんたはまじまじと見ただけじゃなく、指を突っ込むとかあり得ないから。」

「仕方ないだろ。俺だって未知の魔物の居場所探知だったんだ。そんな冷静な状況じゃないんだよ。アンヌさんの時だってそうだ。いつ魔物が暴走するかもしれない緊張状態の中でやってるんだ。」

「あんた……。」

「俺だって、ギリギリの精神状態でやってるんだよ!」


 俺は医師局を後にした。


 こんなの誰にも理解されないだろう。

 人の体の中で魔物と対峙する怖さ。

 ミスをしたときに、傷つくのは自分じゃなくて患者さん。

 そして、相手は不動の患部ではなく、生きている魔物。

 暴走されたら簡単に致命傷となる体内。

 この状況で冷静でいられるとしたら、そいつはバケモンだ。


 だが、人間には尊厳というものがある。

 だから、サクラさんの言うこともわかる。

 じゃあ、どうするか……。

 簡単だ、こんな思いをするくらいなら医師なんてやめてしまえばいい。

 冒険者に専念していれば、余計なことを考えないで済む。



 俺は自宅にも寄らず、そのままA-1ダンジョンに向かった。

 A1は王都から東に20kmの位置にある。

 途中の御用聞きは行ったが、医師とは名乗らなかった。

 それでも、万能薬による治療行為は続けていく。薬師Rとして。


 A1の冒ギル分署で手続きを行い、いつものように入場料を払って地図を受け取る。


 発光・エコーロケーション・触手によりサポートはいつも通り。

 A1は鍾乳洞タイプだった。


 鍾乳洞は石灰岩の地層を雨水や地下水が侵食することで出来上がっていく。

 天井や床面から伸びるつららのような鍾乳石が印象的だが、その分死角が多くできてしまう。

 だから、同じ魔物が出現しても難易度がグッと高くなり、冒険者のケガも多いという。

 それは、痛覚のない俺にとっても危険な事であり、休憩も普段より多くとることにした。


 ここでも、触手による切断と吸収は冴えわたっている。

 厄介なのはスライム系の魔物だ。

 魔石を持たないために、倒してもメリットがない。

 吸収すると溶解液のせいで触手が損傷する。

 痛みはないが、気づくと触手がぼろぼろになっていたりする。

 そのくせ、スキルもほとんど増えなかった。


 溶解液のスキルなんて、持っていても役に立たないだろう。

 そして、鍾乳洞には水たまりも多い。

 水鉄砲なんていうスキルも増えたが、どうしよう。


 ふと思いついて、溶解液を水鉄砲で飛ばしてみた。

 確かに有効な攻撃ではあるが、吸収する時に自分がダメージを受けてしまう。

 それに、体内の水分が確実に失われていくのが実感できた。

 水分補給はこまめに行おう。

 俺の場合、水も吸収すればいいので、減った分の水はいくらでも補充できる。


 水鉄砲は放水にも使えた。

 触手の一本を水たまりにつけておいて、吸収しつつ放水する。

 もっと勢いよく、もっと細く。時間をかけて練習したおかげで、新たなスキル、ウォーターカッターを習得した。

 鍾乳石程度なら簡単に切断できる。

 調子にのった俺は、ウォーターカッターを駆使して鍾乳石を加工してみた。

 女神像、仏像、キリン、ゴリラ。

 数をこなすにつれて練度があがっていく。


 水たまりを見つける度に像を作っていく。

 手当たり次第に作っていくと、新たなスキル”彫刻”が増えた。

 彫刻の影響か、細かな表現も可能になってきた。

 布の質感や髪の毛の躍動感。

 指の滑らかな感じ。そう、弥勒像のようなやさしさ。

 表情も、少し微笑んだ感じとかが出せるようになってくろと、余計に楽しくなってくる。


「な、何だここは!」

「怖い。なんでこんなところに女神像があるの!」

 

 冒険者パーティーがやってきたようだ。

 俺は慌てて先へ進んだ。

 うん、自重しよう。


 最下層はA3と同じように地底湖になっていた。

 だが、ここにはワダツミのような強力な魔物はいなかった。

 それでも、ヒドラとかシロワニなどの魔物が出現する。

 俺は斬撃で屠り、吸収していった。

 水の中から出現した魔物をロスなく吸収できるのも俺の強みだろう。

 魔石をもれなく吸収できるからだ。


 地底湖の中を触手で探ってみたことろ、魔石が大量に沈んでいることが分かった。

 過去の冒険者たちが回収を諦めた魔石だろう。

 俺だって、この地底湖に潜ってまで魔石を回収しようとは思わない。

 俺は籠がいっぱいになるまで魔石を回収していった。


 帰りに2つのパーティーに出会った。

 結構深刻なけが人もいたので、万能薬で治療してやる。

 骨折している場合は、正しい位置に骨を動かして万能薬を外側から塗布し、服用もさせる。

 少しすれば動けるようになるだろう。


 不思議がるメンバーには認定証を見せてやることで納得させた。


「兄ちゃん、医師の方が儲かるし、リスクも少ないだろう。なんで冒険者なんてやってるんだ。」

「冒険者が好きなんですよ。コミュ障なので、こっちの方が楽っていうか。」

「それにしても、途中の女神像とかには驚いたな、前に来た時にはなかったんだぜ。」

「そうそう。出口側は簡単な像なのに、進むにつれて作りが複雑になってくの、進化するみたいに。」

「ああ、最後のほうは芸術的だったな。」

「キャハハ、あんたに芸術なんて言ってほしくないわよ作者の人もさ。」

「だけどよう、前回来たのが半年前だろ。よくあれだけ作ったもんだぜ。」

「あれ、根元で切り取って運べば売れるんじゃないかな。」

「俺も考えたけど、きちんとした道具を使わねえと壊しちまうぜ。」

「そうか、もったいないわね。」


 うん、小さめのやつを一つだけ持って帰ろう。記念に。

 それと、よくできたやつは台座にRと掘っておいた。

 些細な自己顕示欲だ。


 支署で魔石の査定を頼んだのだが、大量だったため本部でやってほしいと言われ王都に帰ってきた。

 女神像について聞かれたので、拾ったと答えておいた。


 一日かけて王都に戻った俺は、精神的にリフレッシュできていた。

 仏師が仏像を彫っていると無心になれるといっていたが、多分同じだろう。


「その女神像も買い取りましょうか?」

「いえ、これは持って帰ります。」


 査定に2日かかるというので、俺は家に帰った。

 ポストに、サクラからの謝罪の手紙が入っていた。



【あとがき】

 彫師R爆誕。

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