第8話 石化病

「じゃ、抽出します。」


 俺は用意されたガラス瓶に薬を抽出していく。


「た、確かに指先からでているな。」

「こ、こんな得体のしれないものを、本当に使うんですか?」

「サクラ君。ノエル医師から報告が出ているんだ。検証は必要だよ。」


「薬事ギルドによれば、これで金貨300枚だそうです。」

「まあ買い取り額としては妥当だろうね。貴族がタタラ毒にやられたとしたら、治療費金貨500枚は出すだろうね。他に治療方法がないんだから。」

「そんな価格になったら、平民はおとなしく死ねってことですよね。」

「そうなるかな。さて、今タタラ毒の患者はいるんだっけ。」

「市中の医師はわかりませんが、局内にはいませんね。」

「じゃあ、医師会に連絡しといて。タタラ毒の患者がいたら出向くからって。」

「局長が行かれるんですか!」

「当然。致死率100%が覆るんだよ。僕以外に誰が立ち会えるのさ。」


「局長、例の患者へはどうしますか?」

「もちろん試してもらおうよ。」


 俺は案内されるままに病室に連れていかれた。

 病室に入った瞬間、異様な感覚に襲われた。


「どうした?」

「この感覚、皆さんは感じないんですか?」

「うん?」

「何をよ!」

「ダンジョンの……、魔物が近くにいる感じです。」

「ど、どこに?」

「いやよ、そんなの!」


 エコーロケーションと気配察知でも引っかからないが、確実にダンジョンに近い感じがしている。

 それも、寝ている女性の体から。


「この病気は最近確認されたもので、”石化病”と呼んでいる。」

「石化病……。」

「文字通り体が石に変わってしまい、平均で余命は3か月。石化が心臓に影響を及ぼす頃には腎不全やその他の臓器が機能しなくなり死に至る。そういう病だ。」

「ちょっと患部出してもらっていいですか。」


 寝間着を巻き上げてもらい、石化している部分に薬を塗っていく。


「おお、石化が溶けていく!」

「アンヌ、助かるわよ!」

「ですが、原因を絶たないと石化は止まらないでしょう。」

「原因が分かるのかね……。」

「おそらくは、この石化している内側に魔物が入り込んでいます。」

「馬鹿な!魔物がどうやって入り込んだというんだね。」

「別に、小さな卵ならいくらでも体内に侵入することは可能でしょう。それよりもどうやって退治するか……。」

「いや、我々も散々検査したんだ。だが、患部は発見できなかった。」

「虫下しや整腸剤も飲んでもらったけど、何の効果もないのよ。」


 俺は手のひらからエコーロケーションを発射してみた。

 これまでは体全体から放って周囲の様子を探知してきたが、指向性を強くして出力もあげる。


「何をしているんだね?」

「魔物を探知するスキルです。」


 寝間着をめくりあげて確認していくが反応はない。

 寝間着の下を少し下げたところで反応があった。


「ここに印をつけてください。」

「そこに魔物がいるのかね。」

「おそらく。」


 それで、ここからどうするのか……。

 その気になれば、喉から触手を伸ばしていって、魔物を吸収。そのあとで薬を使えば全快するだろう。

 だが、そこまで自分の能力を晒して、何のメリットがあるというのだろうか……。

 俺は力なく横たわるアンヌと呼ばれた女性を見た。

 サクラさんと同じか少し下なら、まだ20代だろう。


「ふう……。」

「石化している以上、切開はできない。君に何か手段があるのかね。」

「他人に見せたくありません。局長と患者さんだけにしてもらえますか。」

「なぜ!私たちは医者なのよ!秘密なら守れるわ!」

「この女を助けたいのなら、部屋から出て行ってくれ……。」

「いや、治療の方法があるのなら我々も知りたい!」

「俺が見せたくねえんだよ!」


 少し感情的になってしまった。

 俺の葛藤など、こいつらには分からないだろう。


「課長、サクラ君、ここは彼の言うことを聞いてくれ。責任は私がとる。」

「局長……。」


 病室の中は俺と局長と患者だけになった。


「悪いが説明はできない。多分、患者は分かるだろうが……。」


 俺は手にガーゼを巻きつけて口の中に指を入れた。

 

「ちょっと苦しいかもしれないが、少しだけ我慢してくれ。」


 患者は目でうなづいた。


 おれは、指の先を細く細く伸ばしていく。

 イメージは0.5mm。糸よりも太いが蕎麦よりも細い。

 左手は口の中、右手で先端をなぞっていく。

 食堂から胃、胃から十二指腸へと慎重に伸ばしていく。


「見つけた!」


 俺はその魔物を吸収した。スキル”石化”を得た。


 俺は患者の口から左手を抜いてため息をついた。


「魔物は処分した。あとは石化の対処だ。」


 俺は薬を綿にしみこませて、患部に押し当て、石化を解除していく。

 腹から下腹部へ、パンツに手をかけた瞬間、悲鳴があがった。


「いやぁーーーーーっ!」


 俺の左頬には赤く手形が残っている。

 患部への塗付は女性職員の手で行われ、今は服用してもらった薬で元気いっぱいのようだ。


「す、すみませんでした!取り乱してしまって……。」

「いいのよ。こいつ医者でもないのに、パンツにまで手をかけたんだからさ。」

「い、いえ、彼は立派なお医者様です。というか、あの集中力は、並みのお医者様では出せませんよ。」

「……そうだね。彼は十分な技量を持った医師と言えるだろうね。一時間前は寝たきりだったアンヌ君が、短時間でここまで回復しているんだ。優れた薬師ともいえるね。」

「本当に、あの薬は奇跡の薬ですわ。」

「他にも患者さんがいるんですよね。」

「ああ、もう二人いるが、疲れてはいないのかね。」

「早く終わらせて宿を探さないといけません。今日、王都についたばかりなので。それに、王都は初めてなので、ギルドから城まで2時間もかかってしまいました。」


 なんだか、あきれたような雰囲気が漂っている。なんかしたのか俺。


 俺と局長と患者さんの三人で二度目の魔物退治だ。


「今度は、捕獲してみたいと思います。」

「できるのかね。」

「多分。」


 今度の患者さんは40代の男性だった。

 触手を伸ばしていった俺は、触手の先から糸車を飛ばし、ぐるぐる巻きにした。

 そして慎重に引き上げていく。

 口から出した俺の指先に、3cm弱の繭がぶら下がっていた。


「それが魔物なのかね?」

「いえ、繭みたいに包んであります。みんなを呼んで正体を確認しましょう。」


 医師全員を集めて繭を開くとサソリのような魔物が出てきた。動きは鈍いようだ。

 全員が姿を確認し、魔力パターンを把握したことで、医師たちの持つスキル”サーチ”で認識できるようになるらしい。

 この魔物は”石化虫”と名付けられた。

 実際に3人目の患者さんの石化虫は局長によって場所を特定され、全員が手をかざして確認した。

 患者さんの身になってあげようよ。大勢で寄ってたかって……。


 そして、虫の直近の石化を万能薬で解除し、服用させることで虫に注射針が届くようにする。そこで、万能薬を注入すれば退治できることが分かった。

 最後にサーチで反応の消えたことを確認すれば終わりだ。サンプルに万能薬を注射したときには数分で溶解したことが確認できている。

 

 3人目の患者さんの処置が終わったあとで、俺は全員から握手攻めにあった。

 治療不可、致死率100%の症例を、原因の解明から処置方法の確立まで、これほど短時間で終わらせたのは驚異的だという。


 握手攻めに会う中で、「レオの……」とか「特別認定……」とか聞こえたが、職員のオーッとか大きな拍手でかき消された。きっと気のせいだろう。

 すべて片付いたのは24時を回っていた。

 俺は局長に言われて城の客間で寝かせてもらった。

 寝間着も備え付けのすごい部屋だった。


 翌朝、俺はメイドさんに起こされ、身だしなみを整えられて、国王の前に連行された。

 ナニ、これ……。



【あとがき】

 石化虫。パンツ下げないと治療できませんよね。

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