第3話 ドヤる私と進む彼

「じゃあね、葉利菜。」

「また明日、舞子。」

 今日、ついに小菅さんと下の名前で呼び合うことになった。前のクラスで仲が良かった子は皆バラバラになっちゃったから、喜びもひとしおだ。

 ……よし、いつも通り教室は私含めて二人だけ!


「大野くん。」

 私はバッグからブツを取り出す。

「なんだ?」

 ちょっと刺があるように聞こえるけど、勘違いしないで。こういう時の大野くんは……

「おりゃー!」

「んな!?やめろ!」

 大体眠いだけだから、隙がたくさんある。だから、私が近付いて髪の毛をワシャワシャしても抵抗が少ないんだ!

「んふぅー!満足!」

「……ったく。」

「フフ、目が覚めたでしょ?」

 私がそう言うと、一瞬フリーズし、

「……だな。」

 クスリと笑ってくれた。


「それで、俺の頭を触った代償を払ってもらおうか?」

「え?」

「無いのか?」

 ま、まさかそんなことを言われるなんて!

 どうしよぉ…………ハッ!

「フッフッフ、今日はねぇ………じゃじゃーん!クッキーを作ってきましたぁ!」

 私はさっきバッグから取り出した、渾身の出来のクッキーを強調するように大野くんの目の前につき出す。

「……そうか。」

「あれぇ!?男子高校生はクッキー作ってもらったらめっちゃハッピー!ってネットに書いてあったのに!」

「なんだそりゃ、うさんくせぇな。」

 大野くんは呆れたような顔でやれやれといった態度を取る。

「うえぇ?いらない?」

 んむむ……

「うぅーん……別に腹減ってないし。」

 さすがに申し訳ないと思ったのか悩み始めた。

 ……でもそんなことより、

「な!?食べなよ!そんなんだからガリガ…あだ!?」

 本音が出ちゃった。

「人が気にしてること言うんじゃねぇわ!」

 私が地雷を踏んだことで、大野くんのチョップが飛んできた。

「うぅ、このヤロー………容赦が無くなってきたなぁ?」

「フッフッフ、だって俺は俺だからな。」

 腰に手を当てて、胸を張る大野くん。

「…顔赤くしてたくせに……」

「あ!?」

「なぁんでぇもなぁいでぇーす。」

「ハァー。」

 おっと危ない、嫌われるところだった。………手遅れじゃないよね?

 どうしよー、喜んでもらいたくて作ったけどちゃんと食べてもらえるかは考えてなかったよぉ。

「お、大野くん、一枚だけ、ね?」

 私はジップロックからクッキーを一枚取り出して大野くんに差し出す。

「………」

「ねぇ、一枚だけ!それだけで良いから!」

「……分かったよ。」

 そう言うと、ひょいと私の手からクッキーを取って、しばらく表面を見つめていた。

 むぅ、あわよくば、あ~んしたかったのにぃ……

「何か変かな?」

 焦げは無いはずだけど……

「いや………毒を入れた形跡がないかちょっとな。」

「そんなことしないよぉ!」

「ハハッ、知ってる。」

 ビックリしたぁ……縁起でもないこと言わないでよぉ。

「それじゃいただきます。」

「あ、はい!どうぞ!」

 大野くんが一口かじり、しばらく咀嚼をする。静かな教室に、外から聞こえる部活中の生徒の声と大野くんの咀嚼音が聞こえる。

「むぐ…むぅ……ぅ………」

 だんだんと租借の速度が遅くなり、大野くんの目の光が消えていく。

「あ、え?…どうしたの?」

「あ、いや、不味く………はない………」

「なんでそんなに歯切れが悪いの?」

 な、なにか失敗しちゃったかな………?

「あー、えっと、川越は試食したか?」

「もちろん!大野くんに下手なものは出せないもん!」

 形が均一になるようにしっかり測ったもんね!

「スゥー……もっかい食ってみてくれ。」

「う、うん?分かった。」

 何でなにも言ってくれないのぉ!

 私は不安な気持ちを持ちつつ、クッキーを口に入れる。

「ん、ん、美味しいかな?甘さ控えめで。」

「そ、そうか、控えめ……控えめだな。」

 ……あ!

「も、もしかして、甘さが足りなかった!?」

 そう言うと、大野くんはコクりと頷く。

「そっかー!足りなかったかぁ!」

 我が家は他の家よりも味が薄いことは知っていた。健康には良いと言われていたが、ここでまさか裏目に出るとは!

「お、おう。」


 大野龍樹、人生で初めて味のしない水分だけを吸収する物体を食した時であった。



「うぅ、ごめんね?美味しくないの食べさせちゃって。」

「あぁ、うん…………」

 このなんとも言えない空気……!友達の時はこんなの無かったのに……これが付き合うということなのね。

「じゃあ、帰ろっか。」

 私がそう言って準備をすると、大野くんもリュックを背負って待ってくれた。

 でも、今日は手を繋ぐのは我慢……

「おい…………」

 教室を出て歩き始めると、大野くんが、後ろから声をかけてきた。

「なに………!」

 私が振り向くと、大野くんから手を繋いでくれた。

 い、いいの!?

 急なことで私の心臓が嬉しさで跳ね上がる。

「えっと……」

「?」

 ど、どうしたんだろう?何か言いたげだけど………ハッ!もしかして上げて落とす気か!?

「今度は甘くしてくれよ?葉利菜。」

「…………………………………………え?」

 え?え?え?え?え?え?え?え?え?え?え? 

 えぇぇぇぇーーーー!!!!!

 私が動揺しているとプイッとそっぽを向く大野くん。

 絶対今の私は顔が真っ赤だけど、恥ずかしいけど!

「も、もっかい!もう一回!」

 大野くんの袖を掴んでせがむ。

「…………」

「あぁぁー!!録音しとけば良がっだぁー!」

「フッ。」


 それでもずっと手を繋いでいてくれた大野くんは、やっぱり優しいと思う。

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