第15話
1月2日、14時。
うずたかく積まれた箱にはすべてタビトの「タ」の字と番号が記入され、手書きの小さなメモがテープで貼られていた。そこには、「プレゼント/ファンレター」「買い取り品」「その他」とあり、これらの文字の下に内容の詳細が走り書きしてある。
プレゼントの入った箱が圧倒的に多い。覚悟はしていたものの、いざ目の前にするとその量に唖然としてしまう。
ホズミから聞いたところによると、ライブやイベントでは「プレゼントボックス」なるものが用意され、多くのファンがメンバー宛てのプレゼントや手紙をそこに入れるらしい。
昨年末から今日までのウル・ラドのスケジュールを振り返ってみれば、クリスマスサイン会、ライブDVD発売記念のミニライブ、握手会などのイベントが目白押しだった。そこで回収したものに加え事務所に送られてくるものもあるというのだから、数箱程度におさまらないのも当然と言えば当然であるが――この量はさすがに予想以上だ。
ホズミが言うには、タビトのようなタイプはめずらしいという。知名度が上がり人気が出るほどプレゼントやファンレターの数は膨大な量となるため、開封もせずに破棄される場合も多いらしいが、彼はすべてに目を通すらしい。
プレゼントは事務所でスタッフが開封し中身を確認したあと、ホズミが許した物だけ、このようにまとめて自宅に送られる。これまではタビトひとりでプレゼントや手紙を整理していたらしいが、今後はチカルがその作業の手伝いをすることになっていた。
洗濯機をかけてから、彼女は積まれた箱の一つを開封した。大小様々なギフトボックスや袋がパズルのように隙間なく入っている。
持ち帰るのが許されるのは服や装飾品がほとんどで、飲食物は手作り・市販どちらであっても一切禁止。スキンケアアイテムや香水などは未開封と確認できる物に限りOK。ぬいぐるみ、電化製品などは盗聴器や小型カメラが仕掛けられている場合があるため禁止。もし禁止物が箱のなかに混じっていたら廃棄するよう言われている。
事務所でいちど開封されているせいで、ラッピングや梱包材はめちゃくちゃになっている。そこから慎重に中身を取り出し、禁止物ではないか、破損などしていないかどうかを確認していくと、大量のファンレターが入っている紙袋が出てきた。プレゼントをすべて出し終わりダンボールを畳んでから、彼女は改めてその袋の中を覗き込み、一通の封筒を手にする。
それはハサミで切られてすでに開封されていた。他のものも数枚手に取ったが、すべて同じように封が切られている。
(本当に検閲するんだな……)
届いた手紙は危険なものが同封されていないか、誹謗中傷を目的とした内容ではないか、スタッフがまず確認するらしい。アンチと一緒くたにされ疑われているファンと、ファンからの好意を警戒しなくてはならないアイドル、両者の関係性のなんと悲しいことか。
チカルは手紙を袋に戻しリビングへ運んだ。一回目の洗濯が終了する音を聞いた彼女はひとまず手の中のそれを床に下ろし、ソファの上に散らかっている服やタオルを搔き集め始める。
洗濯物を抱えてダイニングスペースを横切ったとき、リングファイルがいつもの通りテーブルの上に置いてあるのが視界に入った。視線が吸い寄せられるままそちらを見れば、ファイルのあいだに一枚のメモ用紙と小冊子が挟んである。
2回目の洗濯をスタートさせて戻ってきたチカルはメモ用紙を手に取り、タビトからのメッセージを読んだ。
那南城さんへ
あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします!
お正月なのに来てくれて本当にありがとう。
玄関に荷物がたくさんあって、おどろいたでしょ?ごめんなさい。実はまだ事務所に何箱も残っている状態で、それが明日届いてしまうので……今日中に開梱と整理をお願いします。かなり時間を取られると思うので、清掃の方は床だけで大丈夫です。大変な作業をお任せしてしまって本当にごめんなさい。
包装を解いたプレゼントは、自分で片づけるのでリビングにまとめておいてください。
買い取りと書いてあるダンボールには、服が入っているのでクリーニングに出してもらえると助かります。
ファンレターの整理に関してですが、パソコンの横の本棚に手紙保管用のクリアブックがあります。封筒から取り出した手紙はその中に収納してください。
封筒の方は個人情報が書いてあるためシュレッダーにかけてから捨てているので、操作方法を確認しながらお願いします。
単調な作業で退屈だと思うので、パソコンで映画でも観ながらやってくださいね。(パスワードを書いたメモを仕事部屋のデスクの上においておきました)。
時間がなければ、手紙の収納作業は次回で大丈夫です!
いろいろ頼んでしまってごめんなさい。よろしくお願いします。
キツネのイラストが名前の横に描かれている。今回の表情は、前回と違って泣き顔だ。
メモ用紙の下にあるシュレッダーのマニュアルを開き、付箋が貼ってあるところに目を通すと、もう一度彼からのメッセージを見遣る。
――個人情報の詰まっているパソコンを知り合って間もない人間に使わせるなんて、あまりにもガードが緩すぎないか?
あきれるというよりも困惑の方が大きい。純粋なのか、単に世間知らずなのか。前者であるとしたら、絶対に裏切るようなことはしたくない――いや、後者であったとしてもだ。よく知りもしないのに、全面的に信頼してくれているのは確かなのだから。
苦いものでも食べたような表情のまま立ち尽くしていたが、もう一度手紙の文面に視線を落とした。
最初から最後まで、こんなに謝罪の言葉を書いて……労働の対価はきちんと支払われているし、ここまでこちらに気を遣うこともないのに。
泣いているキツネを見つめ、チカルは眉を下げる。
彼は床掃除だけでいいと気遣ってくれたが、こちらにも家事代行スタッフとしての矜持がある。大量の荷物の片付けや手紙の整理があるからといって手を抜くことはしたくない。洗濯も清掃もすべて完璧に――いつもどおりやってやろうじゃないか。
チカルは意を決したように口を一文字に結んで、手紙の入った紙袋とマニュアルを手に仕事部屋のドアを睨んだ。
その部屋にはデスクトップのパソコン、スピーカー、キーボードピアノ、マイクなどが揃っている。つまみのたくさんついた機械の横をすり抜けて、彼女はパソコンデスクに近づいた。キーボードの上に放置されているヘッドホンをハンガー型スタンドに戻す。
そしてパソコンのロックを解除するためのパスワードが書かれたメモ用紙にちらと目をやると、すぐさま二つ折りにして文字を隠した。
デスクの横にはシュレッダーがある。それはオフィスにあるような本格的な代物で、異様な存在感を放っている。初めて見たときはどうしてこんなものを用意したのかと不思議に思っていたが、ファンレターのためだったのか。こうして紙袋の重さを実感してみると確かにこのくらいの機器は必要だろうと思う。
彼女はまず、パスワードの記されたメモ用紙をシュレッダーにかけた。
それから手紙を封筒から出し、次々とクリアブックに入れていく。
洗濯や清掃作業の合間を縫ってファンの想いが詰まった102通を収納し、封筒をシュレッダーにかけ――彼女はただ黙々と働いた。
タビトに頼まれたすべての作業を終えたとき、時計は午後6時ちょうどを指している。いつもよりも作業スピードをあげ、なんとか時間内におさめることができた。とっぷりと日が暮れた窓を前に安堵の溜息をつく。
さすがに疲れたような顔をして、彼女は作業報告書を記入する。書いたそれを綴じるためにリングファイルを開くと、前回の報告書の一番下にまた彼からのメッセージが書いてあることに気づいた。
お疲れ様です。家の中がきれいで、気持ちよく過ごせました!いつも本当にありがとうございます。
キツネマークと共にそう綴られた下に、まだ続きがある。
今回の休暇の予定は潰れてしまったけど、那南城さんのおかげで仕事に集中できます。ありがとう。この仕事がひと段落したらすこしまとまった休みがもらえそうなので、がんばってきます。
休暇に入ったら家でゆっくり映画を観たいなと思ってて。那南城さんは、映画は好きですか?もしおすすめの作品があったら教えてください。なんでも観るのでジャンルは問いません。
メッセージの後に、キツネがにっこり笑っている。下の方のメッセージは新たな仕事のスケジュールが入ってしまったあとに書き足したのだろう。
チカルは無意識に下唇を噛んで、ペンを握る。
彼女は映画鑑賞が趣味だ。薦めたい作品は多岐にわたるも、自分の好みはクセの強いものばかりである。
万人受けする無難なものを選んだ方がよさそうだがしかし、彼の映画好きが表面的なものでなく趣味やマニアの域ならば、メジャーなものはもうすでに観ている可能性が高い。
それほど有名ではなく、観る者を選ばなそうなミステリーとホラー映画を数本書いたが、どうにも納得がいかない――妥協を許さないのは彼女の美点であり欠点でもある。
悩みに悩んでアクションとスプラッター映画も追加する。それから、一番お気に入りのファンタジー映画。彼女と観るかもしれないことを踏まえ、ラブロマンス映画も。
結局洋画と邦画それぞれ大まかなジャンルごとに数本ずつチョイスして書き記し、彼が充実した休暇を過ごせますようにと願いながら、ペンをしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。