第3話

 ウル・ラドが所属する「オフィスウイルド」。

 現在は俳優の他にアイドルやモデル、お笑い芸人などさまざまな芸能人が所属しているが――この会社は元々、俳優のみをマネジメントしている芸能事務所だった。小規模だが在籍メンバーは実力派が多く、海外に進出し名を馳せた者もいる。個性豊かで存在感のある俳優陣はドラマ界でも重宝され、入れ替わりの激しい芸能界で確かな存在感を示してきた。

 多くの名俳優を生んできたこの会社の二代目――先代社長からその座を譲り受けたのは、オフィスウイルドの看板役者として活躍し今は引退しているムナカタという男だ。

 彼は、エンターテインメント業界最大手企業ストルムグループホールディングスを親会社とする芸能事務所「ストルムプロモーション」出身という異例の経歴を持っている。

 遡ること18年前……まだストルムプロモーションが「竹虎たけとら芸能」という名だったころ、彼はここの稼ぎ頭として活躍していた。しかし竹虎芸能からストルムプロモーションへと社名が変わりそれに伴い組織が一新――これをきっかけとして幹部や社長と意見がぶつかるようになり、半ば追い出される形で退所することとなる。

 芸能界を牛耳っているストルムプロモーションと仲たがいした役者などどこの事務所も受け入れようとしなかったが、オフィスウイルドは彼を迎え様々な活躍の場を用意した。

 しばらくのあいだはストルムプロモーションからの嫌がらせに悩まされたが腐らずに俳優業を続け――ムナカタは穏やかに現役最後の日を迎えた。それからまもなく代表取締役社長に就任し今日に至る。

 彼が会社を取り仕切るようになってからまもなく、ミュージシャンとアイドルの育成部門が発足。この新規事業のプロジェクトでまず最初に誕生したのが「UR・RADウル・ラド」である。

 彼らのあとを追うのは男女あわせて20名ほどの候補生だ。後進のデビューを華々しく飾るためにも、ウル・ラドの活躍は欠かせない。

「お疲れさん」

 会議室に現れたムナカタは鷹揚おうような態度で席に腰を下ろす。椅子から立ち上がって挨拶するメンバーたちに座るよう合図し、改めて彼らの様子を眺めながら言った。

「アキラはずいぶん疲れた顔をしているな」

「心配してくれてありがと、社長。でも大丈夫」

「連載の仕事もやりはじめたんだって?」手元の資料をめくりながら言い、「好評だそうじゃないか、君は文才にも長けてるんだな。しかしあまり忙しいのも心配だ。スケジュールがどうしても厳しいときは他の者に代筆させるから言いなさい」

 顔を向けた社長に笑顔だけで曖昧あいまいに応えると、ヤヒロが横から口を挟む。

「そんなのこいつが言うわけないですよ。プライドが高いもん」

「相変わらず仲がいいな」ムナカタは豪快に笑う。「そのときはヤヒロが書いてやれ。アキラに対して踏み込んだことができるのは君だけだろうから」

 ヤヒロはなんとも応えず、口をへの字に曲げてテーブルに頬肘をつく。

「じゃあ始めようか。ホズミ」

「はい。――お手元の資料をご覧ください」

 ホズミが話し始めるが、真面目に聞いているのはアキラとヤヒロだけで、セナは落書きをしているしユウは半分寝ているように見える。タビトはといえば――家事代行スタッフに何を任せるかで頭がいっぱいだ。

「ウル・ラドと同じタイミングでストルムミュージックからデビューした7人組アイドルグループ“Mythosミュトス”は昨年度末から今年度5月にかけて37都道府県を周る全国アリーナツアーを開催。観客動員数はトータルで約35万人、チケットは全公演ソールドアウトと大成功を収めています」

 ストルムグループホールディングスの子会社である音楽プロダクション、ストルムミュージックの大型新人として彗星のごとく現れた「Mythosミュトス」。彼らはデビュー当時から音楽ランキングトップの座を欲しいままにしている。

 ウル・ラドは今でこそ破竹はちくの勢いで邁進まいしんし彼らを脅かしているが、デビューして1年ほどのあいだは思うように結果が出ず苦しんだ。1stシングル、2ndシングルは週間ランキングで4位。ミュトスを打ち負かすどころか3位以内にランクインするという目標にすら至らず涙を飲み、惨敗する悔しさをこれでもかというほど味わったのである。

 今でもその雪辱せつじょくを果たすことはできていない。3rdシングルで初めて2位を獲得したが、ミュトスはリリースするすべての楽曲で1位の座に輝いている。なにかにつけて常に遅れを取っているのが現状だ。

「ライブステージにおいては豪華な舞台装置に加え最新の映像演出を駆使。観客の心を掴み、SNSで大反響……メディアでも大きく取り上げられました。グッズも今話題のクリエイターであるラーニャ・ワルツとのコラボ商品が好評で、どの公演分も即日完売」

 ムナカタの反応を盗み見て、彼が険しい顔で口を結んでいるのを確認し――ホズミは溜息が漏れそうになるのを我慢して続ける。

「――対してウル・ラドは今年度6月から9月に開催されたファーストアリーナツアー『GOD HEADゴッド・ヘッド』で14会場28公演、延べ23万人を動員。チケットはソールドアウト。特に目新しい演出もありませんでしたが、デジタルアンケート調査によれば観客の満足度は83パーセント。公演自体の評価は高いものの、グッズ展開の方の評価はいまいちで、そこが満足度の低下に繋がったようです。一部商品は在庫を大量に抱えています」

「ミュトスの舞台監督は?」

「カガヤ氏を起用したようです」

「アリーナツアーの規模でカガヤを使うとは……かなり力を入れて売り込んでいるな」

「演出にしてもなんにしても、お金のかけ方がやばいよね。来場者全員にノベルティも配ってたらしいし」

 アキラが指先に挟んだボールペンを揺らしながら言うと、ヤヒロがすぐさま補足する。

「会場ごとに色が違う合皮のチケットホルダーだろ?あんなのうちがグッズとして売るやつじゃん」

「大量に抱えた在庫っていうのはどの商品だ?」

 ムナカタの問いに、ホズミは足元に置いていたダンボール箱から大きなビニール袋を取り出す。

「オオカミの毛皮をイメージしたリストバンドです。これは各会場3000セット用意しましたが、トータルで半分ほどしか売れませんでした」

 袋詰めされた大量のそれはグレーのフェイクファー製。グッズ担当者一押し商品のひとつだった。

「何度見てもダセェな……これ、俺たちがあんなに反対したのに商品化されたやつじゃん。やっぱ売れ残ってたのかよ」

 ヤヒロが商品を手に取り憮然ぶぜんとした顔で言うが、アキラに至っては一瞥いちべつもしない。

「暑い時期だったし買う気失せるよ、そんなモコモコなやつ」頬杖をついたセナがつまらなそうに言う。「ファンがなんでも買うと思ったら大間違いってことじゃないの?」

 ヤヒロは袋から出したリストバンドを腕にはめながら横目でセナを見る。

「そんなこと言ってるけどおまえ、MAJESTICマジェスティックのラストツアーのグッズ……パンジーかなんかの栽培キットだっけ?あれファンから酷評されてたのに買ったんだろ」

「パンジーじゃなくて、勿忘草ワスレナグサ!あれはいいグッズだもん。解散しちゃっても忘れないでっていうメッセージが込められてるんだから!」

「枯らしちゃったって、おまえの姉さんから聞いたけど」

 タビトがニヤニヤして言いながらセナを覗き込む。彼は悔しそうにふたりを睨みつけるばかりだ。

「社長。ひとつ提案があるのですが」

 ホズミがいつにもまして真剣な表情で切り出す。

「ツアーとファンクラブのグッズ担当者を変更しませんか」

 その言葉に唇を曲げたムナカタは、苦虫を噛み潰したような顔になる。そんな彼を前にしてもホズミはひるまず更に言葉を続けた。

「新しい風を入れて、一から仕切り直すんです。メンバーもそれを望んでいます」

「そうは言っても、あの担当者は懇意にしてもらっているデザイン会社の社長の娘だからな……」

「このままでは勝ち目はありません。チケットはミュトスよりも若干高いのに、うちには来場者記念を配る予算はない。もちろん有名どころとコラボする余裕も。ですからまずは反省点の多かったグッズのクオリティとデザインを見直して、ファンの満足度を上げるべきではないでしょうか」

 腕を組んで唸るばかりのムナカタを前に、ヤヒロが言う。

「てかさ……ファーストアルバムの活動も終わったしいい加減、シンボルキャラクター変えようぜ?」

「――“オーロックス”か」

 つぶやいたムナカタが低くつぶやく。

 グループ名「UR・RADウル・ラド」の“UR”はルーン文字で野生の牛を意味する。牛の祖先である角の生えた猛牛「オーロックス」がグループ名の由来だ。

「グループ名がルーン文字からつけられたってファンはみんな知ってるんだし、牛じゃなくてオオカミなのはやっぱおかしーだろ」

「その辺りのちぐはぐさは、やはり解消すべきかと。アキラが描くオーロックスのイラストをグッズにしてほしいという声も多く聞かれますし――もちろん、今さらという感じもしますが……グループの由来とセットで改めてグッズを売り出しませんか」

「おまえたちの熱意と執念はよくわかった。……すこし考える時間をくれ。アキラ、ファンに描いてるっていうイラストをあとで持ってこい」

 頷いたアキラを見届けると、ホズミに視線を戻す。

「ようやくあきらめたかと思っていたのに……今さらこの話を蒸し返してくるってことは当然、新しいデザイン担当者の目星はついているんだろうな」

「私が趣味を通じて出会った友人に、グラフィックデザイナーがいます。デザイン会社勤めではなくフリーランスで、パッケージデザインや広告イラスト、ロゴ制作などを得意としているとか。ライブのツアーグッズの仕事を受けたことはないそうですが、これまでに手掛けたデザインやポートフォリオを見る限り卓越たくえつしたデザインセンスがあることは確かです」

「新人か?」

「フリーランスのデザイナーとして本格的に活動し始めたのは3年前と聞いています。年齢は23歳。高校時代からWEBデザイナーとしてサイトデザインやチラシの制作依頼を受けて経験を積んでいたようです」

「そうか」彼は短く答えてふむと頷き、「私も会ってみたい。会食の席を設けるとしよう。スケジュールは追って連絡する」

「承知しました」

「ところでタビト」

 はっとして顔をあげた彼に、ムナカタが訊ねる。

「ミュトスのジーマっていうメンバーと仲がいいらしいな。普段どんな話をするんだ?」

「どんなって……ただの世間話です。うまいラーメン屋のこととか……」

 その答えに大きく笑ったムナカタだったが、アキラとヤヒロは表情をぴくりとも変えず、じとりとタビトを見ている。

 笑いを収めたムナカタはタビトの方に身を乗り出して言った。

「いいかタビト。やりとりを楽しむのもいいが、そういう時こそチャンスだぞ」

「チャンス?」

「さりげなく内情を探るんだ。何気ない会話のなかに向こうを出し抜く情報があるかもしれん」

 タビトの眉間にみるみるうちに皺が寄る。それを見てなお、彼は続けた。

「相手は友人でありライバルでもある。くれぐれも隙を見せるなよ」

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