#2
セイラが口にしたその言葉──『ペアドール』に感覚の全てが集中する。
上手く言葉にならないソレは、
不自由な意図に縛られた私は声も出せないままその毒牙に掛かって、痺れた思考に獲物として呑まれてゆく。
『どう言う意味なの……』
捻り出した声は自分でも情けないほどに震え、お気持ち程度に持ち合わせた女の勘が最悪の結末に煩く警鐘を響かせる。
──この先は、聞いてはいけない。
頭では分かっている筈なのに、唇と舌が言う事を聞かない。もしも冷や汗という概念が私に存在していたのなら、きっとこういう時に流れ落ちるのだろうに。
『……彼は私より人気者だったから、私よりも早く寿命が焼き切れたの』
『修理に出された彼は、もう5年も帰ってないわ……。もう分かってるの、此処では腐るほどいるキャストの中で、たかが彼や私を直して使うまでの価値があるのだろうかって……』
自嘲にも近い、それでもって品位のある笑窪を見せたセイラは、リリー嬢として舞台に上がった時のままになったドレスをギュッと握って皺を作る。
『でも、たまに考えちゃうの……本当はもう直ってて、私を置いていったんじゃないかって……』
今にも消え入りそうな程か弱い吐息に乗った声が、まるで私の心内を映し出す鏡みたいに彼女と重なった。
オルカは捨てられたんじゃないか?
オルカはパパに会えなかったんじゃないか?
オルカはもう直ってるんじゃないか?
オルカは……私を見捨てて逃げたんじゃないのか?
暗闇で目隠しをしながら歩かされるような不安と恐怖、猜疑と瞋恚が縦糸と横糸になって交わり、折合わさった蜘蛛の巣は全ての希望を絡め取る。
『それは……』
否定も肯定もできない私は、目の前に存在する未来の自分を示唆するような
──『もし僕に何があっても、カフカは僕を信じ抜いてくれる?』
帷の降りて陰々とした私を掬い上げるように響く、オルカの透き通った声が内耳でこだまする。彼と離れてから続く、終わらない夜を一瞬だけでも忘れさせてくれる魔法の言葉。
こんなにも脆弱な私を、彼は信じ抜いてくれるのだろうか──。
朧げな約束に願いを掛けた私は、黙り込んだ私の言葉を静かに待つセイラを真っ直ぐに見つめて笑顔を作る。
その笑顔はきっと歪で、作り物めいていたとしても、真っ赤に染まった世界の片隅で今だけは微笑う事だけが、私にとっても彼女にとっても救われる唯一の方法だと思うから。
『そんな事、私が知るわけないでしょう?……私は貴女じゃないし、オルカは貴女ペアドールでもない……私は、オルカを信じていますから』
見開かれたセイラの瞳の奥に、一切の穢れにも犯されていないあの碧眼を重ねた私の言葉を遮って、一際大きい観客の歓声が遠くで盛大に上がった。
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