Closer
#1
オルカが居なくなってから3ヶ月。
あの日を境にすっかり舞台の出番が無くなった私は、今日も飾り棚に座ったままボンヤリと天井の床の狭間に視線を泳がせる。
ゴーン……ゴーン……と鳴り響く鐘の音は、今日も千客万来とて溢れかえる演劇の始まりを無情に知らせつつ、惨めな私を嘲笑う。
煌びやかな音楽と歓声が遠く聞こえる部屋に残された人形達は、小窓からの月明かりしか入らない薄暗さに呑まれながら今日もザワザワと小さな声で談笑を始めると、その声に紛れて『ご機嫌よう』と鈴を転がすような声がした。
私に友好的な笑みを向けた彼女は、オルカと一緒に上がった舞台で「リリー」と舞台で呼ばれていた彼女で、マロン色の毛先がふわりと私の前を靡く。
『貴女……!喋れるの?!』
驚きで目を丸くした私に優雅なカーテシーを披露した彼女は、嬉しそうに小首を傾げて目配せをする。
『ふふふっ……人形も長く手懐けられていると、人の念が移るのよ。特にサ
『……どうぞ』
帰らぬオルカの分だけ空いたスペースはあれから手入れがなされておらず、焦げ茶色の木目には静かな埃が薄化粧で澄ます。私はそれをお気持ち程度に手で払おうとすると、リリー嬢は「気にしないで」とドレスが汚れるのも厭わずに腰を折る。
舞台の上で飾り立てられた姿ですら所々擦れてお粗末に見えていた彼女だが、近くに寄ってマジマジと眺めるとことさら綻びが目に付く。
『ありがとう。私、本当はセイラっていうの……ねぇ、彼と貴女って、あの人形職人のフィリットさんに作られたの?』
波打ち際に放られた魚の瞳によく似た黄緑の瞳は、少しの羨望を織り交ぜてこちらを見つめる。
『えぇ、そうよ』
『まぁ羨ましい!あの方はとても人形思いでお優しいと、いろんな
両手で頬を押さえてうっとりする彼女は、自分の世界に飛び込んだように体をくねらせて私に笑みを溢す。
『ありがとう……ございます』
──人の事をこんなにも純粋に褒めれるなんて。
スポットライトと共に思い出す、彼女とオルカが寄り添い合うあの光景に眉がピクリと反応した私は、彼女の屈託のない言葉に自分の浅ましさを悟った。
『別にお礼を言われるような事じゃないわ……だって本当の事ですし』
ふふふっ……と上品に目を細めるセイラは、風に揺れる花弁のような可憐さで私を見つめ、どこか憂げに『でも……』と言葉を続ける。
『彼が
『?!』
彼女が放った言葉は、びっくりするぐらい私の核心を突いた。まるで開いた傷口を鋭い針先で弄り回されるような激痛が、私の身体を蝕むように犯す。
『そ、そんなの貴女には関係ないでしょっ!』
怒声にも近い私の震えた叫びは、彼女だけを目掛けて部屋の空気を孕んで揺れる。
『あら?どうやらお気に障ったようね……だだ、悪く思わないで欲しいの……私も、同じだから』
張り詰めた言葉の糸を解くように優しく吐き出された言葉が、煙のように私を掠めた。その煙は器官として機能するのかさえ不確かな耳から足を踏み入れ、ぽっかりと虚しく開いてギスギスとした心の隙間にストンと流れ込む。
『私も昔、ベアドールだったの』
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