#6
ドネークの圧に縮こまって一回りほど小さくなったゴリラは、ピエロの紫煙が尽きて人形部屋を去ると、大きな溜め息をついてから作業台とセットになった椅子に腰掛ける。
「ひとつやふたつ、代わりなら幾らでも居るってか……」
小さな背もたれにゴリラが体を預けると、ミシミシ……ッと悲鳴のように軋む音が室内に響く。天井を仰ぎつつもう一度息を吐いたジャックは、そのまま虚ろな目を閉じて意識を手放すと、グワァ……グワァ……と豪快ないびきを掻き出す。
『ねぇ』
ゴリラが奏でる雑音に溶けたオルカの声が優しく響き、私は隣でお揃いの金の髪をふっと揺らして泣きそうに笑う彼を見る。その表情はどこか物悲しく、海の底に吸い込まれるような碧い瞳を覆う憂い気な長い睫毛が嫋やかに上下した。
『どうしたの?』
半年前まで同じ光を放っていた虹彩を物欲しそうに見つめては彼の頬をなぞる私は、オルカの心情を慮って励んで微笑む。
『パパは今、どうしているだろう?』
もしも私達が操られるだけの人形じゃなかったなら、間違いなく彼の垂れ下がった目尻からは雫が雨みたく零れているだろうに──。
叶いもしない妄想を思い描く私の顔を見つめるオルカは、もう一度私の意識を自分にだけ向けさせるように『ねぇ』と言葉を紡ぐ。
『もし僕に何があっても、カフカは僕を信じ抜いてくれる?』
一切の穢れにも犯されていないその澄んだ双眸が、ただ真っ直ぐにこちらを見据える。
『……信じ抜く?』
『そう……何があっても僕だけを信じて待っていてくれる?』
『オルカ……』
彼を捉える私の薔薇色の視線に熱く絡まる感情は、この世界でたった1人しかいないオルカへの恋慕なのか、それとも
『えぇ、勿論よ』
今はまだ整理が付かないその全てを引っくるめて『愛情』と呼んで仕舞えば途端に耳心地が良くなり、飛び切りの笑顔をオルカに向けて答えた私の声はいつもより弾んでいた。
『ありがとう……僕、パパの様子を見に行きたいんだ』
『パパの様子を?……でも、私達が店へ帰るなんて、きっとあのピエロが許さないわ』
彼の無謀な言葉に反論する私が唇を噛んで抗議すると、何かを決意したような強い眼差しのオルカは『完璧な人形なら、ね』と意味深に自嘲する。
『えっ……?』
私の細い声を空気に混ぜ込むように歩みを進める彼は、痛いぐらいのとびきり綺麗な笑顔を作ってみせると、絡まり付く糸を振り払って飾り棚の端に足先を掛けた。
『僕はいつまでも愛してるよ、カフカ』
普段は人が居なくなってからしか動かない
『オルカっ!!』
ガラガラガッシャン……ッ
反射的に伸ばした私の手が虚しく宙を泳ぐと同時に響く鈍い衝撃音は、綺麗な細工がガラクタと化した惨めな音でもあった。
「……ぬぁっ?!な、なんの音だ?」
酷く不細工な音に叩き起こされたジャックは寝ぼけ眼を擦ってこちらに振り向くと、「うわぁっ……マジかよ……」と顔を顰めて皺という皺を寄せて苦い表情のまま黙り込む。
「こんなにぶっ壊れたら、俺にも直せやしねぇ……。ドネークに相談して、爺さんに修理に出すか……」
焦るゴリラに抱えられたオルカの瞳は片方の硝子が砕け、薔薇の刻印が咲いた足の所々は部品に戻っていたものの、綺麗に結ばれた口元だけは満足げに緩やかな弧を描いていた。
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