#4

 幾度となく演者キャストとして身のこなしを仕込まれた私達は、演劇の開始を告げる鐘の音を合図に、ようやく煌めく舞台の上に足先を降ろす。


 無情に揺れる蜘蛛の糸がスポットライトを浴びて光ると、救われぬ傀儡はしなを作って優雅にお辞儀を披露した。


「レミリア……君には失望したよ」


 オルカを括る糸がスラスラと動き、まるで私を見下す格好で人差し指を突き出す。当の本人は悔しそうにわなわなと唇を震わせるも、このステージに私達の『自由』なんてモノは落ちていやしない。


 『レミリア』などと安っぽい名前を付けられて立ち上がった私は長く流れる金の髪を手で払うと、今にも泣き崩れそうなオルカに微笑む。


「失望?はっ……いい加減にして頂戴。私を裏切ったのはリタ王子でしょう?」


 鼻で笑う小気味の良い女声が、私の動きに合わせて会場に響き渡る。静まり返ったホールに囚われた観客の全ての視線と意識がレミリアリタ王子オルカを照り付け、ジリジリとした空気に痛々しい熱が感染ってゆく。


「もう良いんです。私は、リタ王子と一緒なら何も要らないの」


 ダークブラウンの髪に曇りながらも鈍く煌めいたペリドットのような瞳を持つ人形が、態とらしく見つめ合う2体の視線を遮るように縋ると、オルカの腕を取って私を見た。


 どこにでも居そうな、平凡な顔──。


 割り込んだ人形彼女の瞳に色は無く、疲れ果てた靴の爪先は塗装が白けてしまっている。それでも踊り続ける運命を悟った悲しみの色だけを残す目に射抜かれた私は、心にもない彼女の牽制に足を引く。


「勝手にすれば良いじゃない!」


 手に持っていた豪華な扇子を投げつけて怒声を溢す私を見つめるオルカは、一体どんな気持ちでこの舞台に立っているのだろう。


 「そうか。ならばこれが今生の別れだな……。リリー嬢、さぁ、僕の手を取って」


 リリー嬢はキツくオルカに絡み付くと、その綻びだらけの身体を彼はそっと抱いた。


『ごめんよ、カフカ』


 ──頼りない腰に回された彼の手は、本当に吊り糸の意思なんだろうか?


 何度も何度も練習と称して繰り返されたその動作を暗示のように眼孔が捉えるたび、波のように押し寄せる不安と焦燥感、そして醜いまでの嫉妬。


 ──私だけのオルカなのに……っ!!


 手を伸ばしても届かない、いや、手を伸ばすことさえ許されないこの箱庭で操られるだけの人形は、見窄らしい焦茶色の髪だけが鮮烈に色を残す世界で、おどろおどろしい極彩色の赤い感情に呑まれた。

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